第1話

文字数 600文字

 その日はとても綺麗な満月の夜でした。
少し彼と喧嘩をして仲直りをし、涼しい潮風が吹く浜辺でその月を一緒に眺めていました。すると急に彼は白い綺麗な手で水を掬いだしました。彼は突飛な行動をたまにするのですが、今回もそういった類のものだろうと思い、彼に尋ねてみました。
「何をしているの?」
「月が綺麗だから掬い上げたいんだ。水面に浮かぶこの月を掬って、見て、呑みほしたい。」
「だったらそんな偽物じゃなくて、あの大きなまんまるの月を見て、綺麗ですねって言った方が良いんじゃないの?」
「僕は、例えこの水面に浮く月が似せ物だったとしても、そういう努力をしなければならないと思うんだ。」
「どうして?」
「それが本物の月に触れられない僕たちの使命で、愛だと思うからだよ。そうして初めて僕たちは月が綺麗だねと言い合えるんだ。」
「ふぅん、ヘンなの。」

 今日もあの時と同じような綺麗な満月だったので、少し埃の被った日記帳を取り出し、彼に貰った綺麗な万年筆を使ってこの思い出を認めた。日記帳を閉じ、彼の隣に座る。小さな窓というキャンバスの中で窮屈そうにいる月を二人で眺める。彼が窓の縁に置いた呑みかけのコップに月が浮いているような気がした。
「月が綺麗ですね」
「そうだね。とても綺麗だ。」
彼は微笑みながらそう答える。その表情には少し淋しさがあるように感じた。彼の長い前髪から見える大きくて綺麗な眼はあの日から私の心を動かし続ける。
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