ゆるキャラ

文字数 1,148文字

 大学から家に帰るとゆるキャラがいた。

 母さんがゆるキャラ好きなのは知っていたが、こいつはまだ見たことがない。猫を模しているのか、もふもふの毛並みをしたまんまるな青い目をした三角耳のキャラクター。

 ついにはゆるキャラ好きが高じて、ゆるキャラを家に招くまでになったのだろうか。ご丁寧にゆるキャラの前には、ストローのさされた牛乳パックが置かれている。お茶ではなくミルクというところが、キャラクターの作り込みがすごい。というか、母さんが普通に牛乳を出しているところが申し訳なかった。

 季節は夏で、いくらクーラーがかかっているとはいえ、きぐるみのなかは暑いだろうに。冷たい麦茶を出すか、せめて被り物を外してもらうのがふつうではないだろうか。

 というか、この状況のまま、母さんはどこへいったのだろうか。

 申し訳なくなって、俺はゆるキャラに話しかけた。

「暑くないですか?」

「大丈夫だ、にゃあ」

 語尾には取ってつけたようなにゃあという声。というか返ってきたのは、少し声音を変えているが聞き覚えのある低い声。

「もしかして、父さん?」

 ゆるキャラは、ふいっと視線をそらした。

 単身赴任をしている父さんは普段は自宅にいない。そんな父さんが家にいる。しかもゆるキャラのきぐるみを着て。

「何してるのさ」

 呆れ果てて尋ねれば、

「なんのことだ、にゃあ」

 とあくまでもしらを切る気らしい。そういえば昨日の母さんと父さんの電話を思い出した。母さんが声を荒げていたのを思い出す。

「もしかして、母さんのご機嫌取り?」

 びくんっときぐるみを肩が跳ねた。図星だったらしい。

「それにしたって母さんは? そもそもどこからそのきぐるみ持ってきたのさ」

「母さんは買い物にゃあ。きぐるみはうちの会社の新キャラだにゃあ」

「バレバレだから、にゃあはいらないって。そもそも母さんは気づいてるの?」

 どこか天然の帰来がある母さんは、もしかしたら父さんだと気づいていないのではなかろうか。いやでも、長年の夫婦として連れ添った年月がある。俺でも気づいたのに、気づかないほうがおかしいか。

 父さんは無言で答えを返した。これは気づいてて気づいていないフリをしているパターンか。

 父さんが少し気の毒に思えてきた。

 そんな時、「ただいま!」と母さんの声。

 ついで、あら帰っていたの、と俺の姿を見つけた母さんは、「ゆるキャラちゃんに出すキャットフードがなかったから、買いに行ってたのよ」なんて、言ってのけた。

 父さん、キャットフードを食べさせられる前に、帰ったほうが懸命なんじゃ……。というか、まだまだ母さんはお怒りなのだろう。

 その空気は父さんも察したらしい。

「にゃんにゃん星に帰るにゃあ」

 だが玄関方向には母さんがいて、父さんの申し出はあえなく却下されたのだった。

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