第6話 空飛ぶ魔法使いのいる景色

文字数 4,052文字


  朝、歯を磨きながら窓から街並みを眺める。これは、このマンションに越してきてからの毎朝の日課だった。

 私の部屋は七階にあり、眼下に広がる街並みを一望出来た。この眺望を気に入り十年程前に入居を決めたのだ。平のサラリーマンである私には、少し高い家賃だったが後悔はしていない。

 数年程前に変化があり、今ではここに住み始めた時よりも、更にワクワクする眺望が広がっている。そして、数か月後には、この景色が私にとって、より良く変わっていることだろう。

 だが残念なことに、その景色をここから見ることは出来ない。今日、ここを引っ越さなければならないからだ。しかし問題ない。次の引っ越し先も眺望が良いところを選んだ。きっとそこから見える景色も、きっと素晴らしくなると確信している。

 などと考えていたら、隣室の斎藤さんが会社へ出勤するため、スーツ姿で箒に跨り、窓の外側に揺ら揺らと現れた。通り際に私に向かって笑顔で会釈し、街のほうへと飛び去って行った。

 斎藤さんのようにスーツや学生服の人々が、自宅から箒や絨毯に乗って、街へ向かって軽やかに飛んでいる。街の上空は、そんな忙しなく動き回る人々で埋め尽くされていた。そんな幻想的な景色を、私はこよなく愛している。


 数年前、この世界は、魔法が存在する世界となったのだ。


***


 あれは、忘れもしない五年前の六月十七日。或るネットユーザーのこんなSNSでの書き込みから始まった。


投稿者名:名も無き魔法使い
タイトル:物体浮遊魔法
”私、魔法使いなんですけど、これ、すごくないですか?”


 その書き込みには動画が添付されており、机の上に魔法陣が描かれた紙を敷き、中心にコインを置いて、呪文を唱えるという動画だった。手元だけが映され、投稿主の顔や体は映ってはいなかった。

 視聴者には、魔法陣の上に置かれたコインが呪文と共に浮き上がり浮遊するというありふれた手品の動画のように見えた。

 当然、コメント(らん)は、ただの手品だの、フェイクだのとの返信で溢れかえった。しかしすぐに、そういったコメントが一掃される事態となった。

 魔法の動画を上げた投稿者が魔法陣と呪文を動画に添付し公開していたため、フェイクやインチキだと証明するために次々と検証する者が現れた。

 だが、試した者全員に同じ現象が起こった。意気揚々とフェイクであると証明をしようと躍起になっていた人々がプリントアウトされた魔法陣を机に置き、投稿者と同じ呪文を唱えたところ、コインはふわっと浮き上がってしまったのだ。

 つまり本当に魔法が使えてしまったのだ。それに、いままで感じたことの無い、魔力というのが適切であろう体内での不思議な力の動きを全員が感じ取っていた。

 そして、その様子を多くの人々が、インターネットの動画サイトに投稿したため、一気に拡散され、それを見たあらゆる人が挑戦し、簡単に成功させてしまったのだ。世界中の老若男女全員が容易く。著名な科学者や研究者もやっきになって、映像や魔法陣、呪文を調査し、実践したが、簡単に魔法が発動し、一向にインチキである証拠を見いだせなかった。

 その結果、全世界で大魔法ブームが爆発するように巻き起こり、投稿者に続けとばかりに、魔法研究が盛り上がり、ネットで文献の発掘や、考察、検証が行われ、世界中のあらゆる人々が熱狂し、議論も白熱した。

 ただ最初の投稿を行った人物は、あまりの盛り上がりに臆したのか、それ以降、投稿を辞め、沈黙してしまった。そして、数か月後にはその投稿動画自体が削除されてしまったため、どこの誰なのかは、結局分からなくなってしまった。

 技術は最初のとっかかりさえあれば、加速度的に発展するようで、次々と新しい魔法が発見され、更に発明、開発されていくようにもなった。

 魔法技術の発展には、最初の投稿者の発見した魔法陣と呪文の組み合わせが、大いに貢献していたのも事実で、魔法理論の礎とされた。

 あらゆる国家が予算を組み、大規模な魔法の研究を始め、体内に存在する魔力なども発見された。勿論軍事への転用や、魔法による犯罪の増加に伴い、法律が制定され、施行されていった。

 そして『名もなき魔法使い』の投稿からたった三年程で、魔法技術は大躍進し、世界中のほとんどの人が魔法使いとなり、現在では箒や絨毯などで空を飛び()い、杖などを使って、炎や水を出すなど生活に欠かせないものとなっていた。現状の科学と組み合わせ、より便利で、豊かな世界となったのだ。

 そして五年の月日があっという間に流れ動画を投稿した人物、『名も無き魔法使い』に、また脚光が当たり、いったい誰なのかと、一般人はもちろん、各国の情報機関も自国の研究員として引き入れようと目論み、大規模な捜索が始まった。

 秘密組織、いわゆるスパイなども投入され、捜索に力を入れたが、投稿された場所がネットカフェだったという所までは容易に追跡できたが、投稿日、投稿時間の利用者のデータは残っておらず、発見には至らなかった。

 それは2048年に制定され、施行された強烈な個人保護法のためで、一年を過ぎた場合、その記録を消去しなければならないという法律のためだった。

 更に悪かったのが、その年の年末にPCを新機種へと入れ替えが行われたため、そのデータを保管していた古いPCは産廃業者に引き取られ、廃棄されてしまっていたからだ。そして糸はプツリと途切れてしまった。

 そのため、あらゆる噂が、ネット上に流れる事態となった。彼は、魔法技術を伝えにきた未来人だの、宇宙人だの、過去の魔法使いが現代に蘇っただの。だが、一番有力だったのが、どこかの国の軍事研究によって発見された魔法技術を持ち出し、ネットでリークしたのではとの説だった。投稿後すぐ彼が消えてしまったのは、報復を恐れるためではと。

 だが私は、その多くの噂や推論が間違っていることを知っている。


 私は、五年前の六月十七日に動画を投稿した。


 知り合いの誕生日会のために練習した手品の出来が非常に良かったため、調子に乗って動画を作り、魔法使いというありふれた神秘性を持たせ、投稿したのだ。

 インターネットに投稿されていた糸と鏡を使った単純な手品を参考にして応用したもので、手元から目を逸らさせる小物として魔法陣を用意し、呪文などという魔法使いっぽい演出を付けた。

 魔法陣はネットで拾った昔の文献の画像を適当に加工し、呪文は、昔飼っていた犬、猫、ハムスター、カエル、ザリガニ、亀、金魚、ヒヨコ等の名前を適当にそれっぽく組み合わせて作った。

 そして、視聴者に『やっぱりできないじゃないか』とコメントをさせて、『魔力が足りないから出来ない』と反論するために、呪文と魔法陣を添付したのだ。実際にやってみることが出来るようにと。少しでもコメント数を稼ごうと、ちょっとした浅知恵を働かせた結果だった。

 それに投稿した時は、ただの冗談みたいなもので、視聴者は手品と分かり切った上で動画を楽しんでくれると思っていたが、私の思惑とは異なり、どんどんと違う方向へと転がって行ってしまった。

 ただの手品だったはずが、視聴者は本当に魔法でコインを浮かせてしまったのだ。まさかと思い自分でも、トリックを使わず、魔法陣と呪文でコインを浮かせようと試みたが、浮くどころか、ピクリともしなかった。検証動画を上げた人達が、面白がり、みんなで魔法が存在したと嘘ついて、再生回数を伸ばすためのネタにしたのかとも思った。

 しかし、それは簡単に覆されてしまった。知り合いの誕生日会に赴いた私は、そこで、子供達が、何のトリックも無しに、私の作った魔法陣と呪文でコインを浮かせていたのだ。こんな場で、トリックを使った手品など披露できるわけもなく、練習した手品は封印(し帰宅した。

 ネットでは、私の動画が驚くべき速さで世界中に拡散かくさん
)
し、今更(いまさら)手品であるとは言えなくなってしまった。

 だが、私は子供の頃、魔法や異世界など、ファンタジー世界が大好きだったため、これは私のとって良かったのではと思い始めた。魔法のある世界をいつも夢想していた子供の頃のように、心が沸き立つのを感じたのだ。ワクワクが止まらない。

 しかし、ここで一つ問題があった。それは、自分が同じように何度も魔法陣を敷き、呪文を唱えてもコインはピクリとも動かないということ。近所の子供はおろか、年寄りまでもが箒に乗って浮かび上がっているというのに。

 これは非常に良くない。

 そして、それ以上に、最初の投稿者として、世界中から注目され、一部では熱狂的な崇拝者もいる自分が、『名も無き魔法使い』である私が、実は、魔法が使えないなどという事態は、世界中の人の夢を壊してしまうということになる。

 故に私は、コメント欄に溢れた、『あなたは、どこの誰ですか?』と言う問いに答えずに、姿を消すように投稿を辞め、遂には動画を削除した。発見され、魔法が使えない事がバレる前に。


 そして、私はいま、魔法使いが飛び回る街並みを眺めている。

 私は、この世界でたった一人の、魔法が使えない魔法使い。
 誰も正体を知らない、名も無き魔法使い。

 だが、それでいい。
 私は、妄想を現実にするという『魔法』を使えたのだから。

 この心躍る景色、子供の頃に夢に見て、憧れた景色が目の前に広がっているのだ。
 
 いままで誰にも見つからないように、この部屋で暮らしてきたが、そうもいかなくなってしまった。誰かに見つかってしまう前に引っ越しをする。
 
 あの時に、思い出した子供の頃のワクワクが、いまでも続いている。その思いは止められなかった。

 そして昨夜、ここ数日で制作した新しい動画を上げたのだ。

 それは――――――。


投稿者名:名も無き魔法使い
タイトル:ドラゴンの卵の作り方
”私、魔法使いなんですけど、これ、すごくないですか?”


 きっと数か月後には、空飛ぶ魔法使いにまじって、ドラゴンに乗った人も見れるだろう。

 私はそう確信している。

 再生された動画には、絵の具で色を付けただけの何の変哲もない(にわとり)の卵が映っていた。




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