第1話
文字数 779文字
現実世界のヒーローというのは、案外目立たないものなのかもしれない。スポーツのヒーローインタビューなどは別として、だが。
気になることがあるから、と大学からのルームシェアがずるずると今まで続いている幼馴染が連日始発電車で出勤していたのは、ひと月ほど前のことだ。一週間程度ではあったが、帰宅してからも時折考え込んでいる姿を毎晩のように見た。はじめのうちは、朝型人間は羨ましいわ、などと茶化していたのだが、急激な憔悴ぶりに、さすがに心配になってくる。
「責任者に相談できないのか?」
「いや、僕がその責任者なんだ」
苦笑しながら行ってきます、と手を振るあいつに、俺はただ見送るしかできなかった。
プロジェクト大成功の報と同時に、彼の部下の昇進決定通知がもたらされたのは、つい先ほどのこと。なんでも、今回の成功はそいつ一人の八面六臂の活躍によるものだから、だそうだ。
少しむっとして俺は幼馴染に、お前の功績は評価されないのかよ、と尋ねる。が、彼は穏やかに笑って首を振った。
「僕の役割は、部下が活躍できるように場を整えること。僕がやったのは、その最低限のことだけだからね」
「……絶対嘘だろ、それ」
きっと、彼がいなくなって初めて、部下も周囲も気付くのだろう。歩きやすいよう、全力で走っても転ばないよう、道が整えられていたのだということに。
「割に合わねえなあ……」
そうこぼした俺に、彼はまた笑った。君がそう言ってくれるだけでいいんだよ、と。
赤とんぼたちが夕日に照らされて、さらに赤く染まっている。俺の隣で満足げに伸びをしながら歩いている幼馴染の顔もきれいに染まっている。
「今日の夕飯、久々に焼肉行くか?」
そう聞くと、食い気味に行く、と元気な声が返ってきた。
「ああーもう今夜は飲め飲め」
「うん、そうするよ」
澄んだ風とかん高いカラスの声が、緩やかに傍らを過ぎていった。
気になることがあるから、と大学からのルームシェアがずるずると今まで続いている幼馴染が連日始発電車で出勤していたのは、ひと月ほど前のことだ。一週間程度ではあったが、帰宅してからも時折考え込んでいる姿を毎晩のように見た。はじめのうちは、朝型人間は羨ましいわ、などと茶化していたのだが、急激な憔悴ぶりに、さすがに心配になってくる。
「責任者に相談できないのか?」
「いや、僕がその責任者なんだ」
苦笑しながら行ってきます、と手を振るあいつに、俺はただ見送るしかできなかった。
プロジェクト大成功の報と同時に、彼の部下の昇進決定通知がもたらされたのは、つい先ほどのこと。なんでも、今回の成功はそいつ一人の八面六臂の活躍によるものだから、だそうだ。
少しむっとして俺は幼馴染に、お前の功績は評価されないのかよ、と尋ねる。が、彼は穏やかに笑って首を振った。
「僕の役割は、部下が活躍できるように場を整えること。僕がやったのは、その最低限のことだけだからね」
「……絶対嘘だろ、それ」
きっと、彼がいなくなって初めて、部下も周囲も気付くのだろう。歩きやすいよう、全力で走っても転ばないよう、道が整えられていたのだということに。
「割に合わねえなあ……」
そうこぼした俺に、彼はまた笑った。君がそう言ってくれるだけでいいんだよ、と。
赤とんぼたちが夕日に照らされて、さらに赤く染まっている。俺の隣で満足げに伸びをしながら歩いている幼馴染の顔もきれいに染まっている。
「今日の夕飯、久々に焼肉行くか?」
そう聞くと、食い気味に行く、と元気な声が返ってきた。
「ああーもう今夜は飲め飲め」
「うん、そうするよ」
澄んだ風とかん高いカラスの声が、緩やかに傍らを過ぎていった。