君と僕
文字数 2,407文字
僕らを飲み込む様に怪物が大口を開けている様に見えた夜空。
終わりの見えない星の数え歌が始まっていた事に僕は驚いていた。
君の顔から腕時計に目をやると、蓄光でほんのりとした明るさを放つ短針が、宵の時はとうに過ぎている事を教えてくれる。心のリズムがいつも以上に早いスピードで駆け抜けているのに、君は僕の気持ちも知らずに、と言うか御構い無しのようで、ゆったりとした動作で右手を漆黒のキャンパスに向かって振っている。
その点と点を結べばどんな絵が浮かび上がるんだろう?
この時間が永遠に続けばいいなと、僕は星空に向かって願ってみた。
それが叶うかどうかは分からないけどさ。
僕はこれから男子講師とワンツーマンのむさ苦しい逢瀬を交わすというのに、周りの奴らときたらなんていけ好かないんだ。出来る事なら僕だって、男なんかと一緒に居るより可愛い彼女と一緒にお祭りを楽しみたいってのにさ。
ぁぁ! むかつく!
僕は内心で悪態を吐きながらも、全力で目的地に向かう事で平常心を保とうと試みていたけど、道路は規制で歩行者天国に切り替わっており、人の海で自転車を漕ぐことが出来なくなってしまった。
漕ぐ事で得ていた風が止んで、不快感をもたらす湿度をまとった風が身体にまとわりついて蒸し暑さを知らせてくる。
自転車を押し歩いていると、顔や全身からもぽつぽつと汗が吹き出てくる。
菩薩の心は僕には宿ってなかったようで、目の前にいるカップルを見ていると鬱屈とした気持ちがぶり返してきた。
暑いし、歩きづらいし、なんで祭りのなか孤高を気取るように塾になんか行かなくちゃいけないんだ。
冷たい風が全身を包む。毛穴から発散されていた熱が気化していくのを感じられる最高の瞬間だ。
ふと右手側にある雑誌コーナーに目をやると、浴衣を着た同級生の女子が笑いながらこっちを見ていた。
君は目を見開いて驚愕に満ちた顔をしていた。きっと同じくらいに僕の顔をもそうなっていたに違いない。
普段なら、そんな軟派で気の利いた言葉、口が裂けても出るわけがない。
少しの沈黙が訪れてから、間を取り壊すように君は愛らしいえくぼを見せながら呟いた。
酸素欠乏状態の金魚の様に、息づきをするように口だけがぱくぱくと動いていた。
本当は声も出るはずだったのに。
うまい返しが思い浮かばなくて口をだらしなく開けたまま、ただ頷いただけの僕。
平坦な街中で見るよりも、丘から見る花火の素晴らしさを伝えたら、またしても二つ返事でそこに行くことを了承したのだから驚いた。これからは迂闊に余計な事は言えないかもしれない。
でもそのおかげで僕の荷台には君がいる。さっきまで色んな人を憎んでいたはずなのに、その立場になっているのだから世の中面白いもんだ。
瞼は徐々に重くなり、視界が狭められていく感覚を最後に意識が途切れてしまった。
はっと目を開けると、君は僕の隣に座り込んで夜空を見上げている。
その横顔を見つめていたら、なんだか心がこそばゆくなってしまう。
僕の視線に気がついたのか、こちらを振り向いてにこっと微笑んで、草むらに置いてあった金魚柄のポーチから飲みかけのジュースを手渡してくれた君。
僕は何も買っていなかったことに。
暑さとは違う熱気で顔が熱くなってきたけど、この暗さだからこの火照りには気づけないだろうきっと。
僕の焦りもよそに、君はまた夜空に顔を向け始めたんだ。
(ログインが必要です)