第2話 女には逃げられない時がある
文字数 2,127文字
それは高校二年生に進級する直前、春休みに入ってすぐのことだった。
「あたしプロになる!」
学校からも近い喫茶店でいつものように三人でお茶をしていると、何の前触れもなく新堂ユウミが宣言した。
彼女が飲みかけのアイスキャラメルラテをどんとテーブルに叩きつける。
フタつきでよかった。
容器がプラスティック製でよかった。
小松スズメは半分そう想いながら、この突拍子もないことを言い出すライバルに驚かされていた。
隣に座っている桂ハルキと目を合わせる。穏やかそうに微笑む彼はかつてスズメが告白して玉砕した相手だ。
ちなみにハルキの想い人はユウミである。
目下、スズメはハルキの目を覚まさせるべく、「まずはお友だちから」作戦を遂行中だ。
お兄ちゃんもハマってるカードゲーム「エンカウントモンスターズ」もその一環として、スズメはプレイし続けていた。
何せハルキはユウミのエンカウンター(エンカウントモンスターズのプレイヤーを意味する)としての姿に惚れ込んでいるのだ。ユウミより強くなって彼の心を奪い返さなくてはならない。
ユウミが大きな目を輝かせてさらに言う。
「そのためにも来月の検定試験の勉強をしなくちゃいけないの」
「プロになるためにはS級にならないといけないよ」
と、ハルキ。
その顔はまさにイケメン。清潔感も爽やかさも標準装備だ。
こんな男、ユウミみたいな黒髪ショートのチビ助にとられてたまるか。
そう思いつつ、スズメはたずねた。
「ユウミ、あんた何級なの?」
「えっとね」
もそもそと焦げ茶色のリュックから何かを取り出す。
それは交通用ICカードに似たトランプグループの会員証であった。色こそ違えどスズメもそれなら持っている。
プレイ年数が長く経験豊富なユウミは青。
まだまだ初心者のスズメは白。
ユウミが会員証の右上を指さした。
「見て見て、あたしC級なんだよ」
「へぇ、すごいのね」
亜麻色のツインテールの片方をいじりつつ、適当に応えた。
高校生でC級というのがどのくらいのものなのかスズメにはわからない。ただ、プロエンカウンターの祖父を持つユウミが何も知らずに自分の級をひけらかすはずはなかった。
しかし、いつの間にこんな資格を得たのだろう。
切れ長の目を細めて考える。
ハルキが言った。
「まあ、一年間のエンカウント(対戦)の勝率が五割の成績なら、自動的にC級になれるからね」
「そうなの?」
「そうだよ、スズメちゃん」
弾むような声。
「町のあちこちでエンカウントしたかいもあるってね。おかげで二回に一回は勝てるようになったし」
「とてもプロを目指す奴の成績じゃないよね」
はしゃいでいたユウミがハルキのその一言に動きを止める。
スズメも言った。
「あんた私にも苦戦したものね」
「うっ」
「僕とやっても勝てないことのほうが多いし」
「ううっ」
ユウミが薄い胸を押さえ苦しげに眉をしかめた。
ハルキが追い討ちをかける。
「それにB級からは筆記試験もあるし、ユウミには厳しいかもね」
バタンとユウミがテーブルに突っ伏した。
器用に飲み物を避けているのは大したものだとスズメは感心する。
「うぅぅ……だから勉強しないといけないって言ったのにぃ」
「ごめんごめん」
笑いながらハルキがアイスコーヒーを手に持つ。
スズメも彼に倣ってアイスティーを確保した。
「でも、実戦形式でなくペーパー試験ならどうにかなるんじゃない? あんたエンカウントモンスターズに明るいでしょ?」
「筆記試験はエンカウントモンスターズのことだけが出るわけじゃないよ」
「え? そうなの?」
「あくまでもプロに本気でなろうっていう人のための試験だからね。B級から公式大会に出られるようになるし。ある程度の一般常識が求められてくるんだよ」
「……桂くん、詳しいのね」
「まあ、僕も受けるし」
「桂くんもプロになりたいの?」
「プロになるかどうかまでは決めてないんだ。ただ、公式大会の出場資格はほしいかな」
「……」
スズメはぼんやりと思い出した。
そういえば、お兄ちゃんって前にエンカウントモンスターズの大会に出てなかったっけ?
いやいやいやいや。
と、すぐに否定する。
……お兄ちゃんがそんな公式の場でエンカウントするなんてありえないよね。
「小松さん?」
ハルキの声にスズメははっとする。
慌てて彼女は言った。
「な、何でもないの。みんなすごいなぁーって思っただけだから」
「じゃあ、スズメちゃんも受けようよ!」
「へっ?」
「ねっ、ねっ、受けよ! そして三人で大会に出よっ!」
「あ、いや、だって、私は」
「いきなりB級からって人もいるから安心して。おじいちゃんなんてA級から始めたってよく自慢してるし」
「そ、そういう問題じゃ……そもそも私、大会とかに出るつもりは……」
「はい決定! 一緒にがんばろうね!」
ユウミがぱちぱちと拍手しスズメの受験を歓迎した。それをあたたかな目でハルキが見守っている。
こうしてスズメはプロへの道に踏み出す……もとい巻き込まれるのであった。
「あたしプロになる!」
学校からも近い喫茶店でいつものように三人でお茶をしていると、何の前触れもなく新堂ユウミが宣言した。
彼女が飲みかけのアイスキャラメルラテをどんとテーブルに叩きつける。
フタつきでよかった。
容器がプラスティック製でよかった。
小松スズメは半分そう想いながら、この突拍子もないことを言い出すライバルに驚かされていた。
隣に座っている桂ハルキと目を合わせる。穏やかそうに微笑む彼はかつてスズメが告白して玉砕した相手だ。
ちなみにハルキの想い人はユウミである。
目下、スズメはハルキの目を覚まさせるべく、「まずはお友だちから」作戦を遂行中だ。
お兄ちゃんもハマってるカードゲーム「エンカウントモンスターズ」もその一環として、スズメはプレイし続けていた。
何せハルキはユウミのエンカウンター(エンカウントモンスターズのプレイヤーを意味する)としての姿に惚れ込んでいるのだ。ユウミより強くなって彼の心を奪い返さなくてはならない。
ユウミが大きな目を輝かせてさらに言う。
「そのためにも来月の検定試験の勉強をしなくちゃいけないの」
「プロになるためにはS級にならないといけないよ」
と、ハルキ。
その顔はまさにイケメン。清潔感も爽やかさも標準装備だ。
こんな男、ユウミみたいな黒髪ショートのチビ助にとられてたまるか。
そう思いつつ、スズメはたずねた。
「ユウミ、あんた何級なの?」
「えっとね」
もそもそと焦げ茶色のリュックから何かを取り出す。
それは交通用ICカードに似たトランプグループの会員証であった。色こそ違えどスズメもそれなら持っている。
プレイ年数が長く経験豊富なユウミは青。
まだまだ初心者のスズメは白。
ユウミが会員証の右上を指さした。
「見て見て、あたしC級なんだよ」
「へぇ、すごいのね」
亜麻色のツインテールの片方をいじりつつ、適当に応えた。
高校生でC級というのがどのくらいのものなのかスズメにはわからない。ただ、プロエンカウンターの祖父を持つユウミが何も知らずに自分の級をひけらかすはずはなかった。
しかし、いつの間にこんな資格を得たのだろう。
切れ長の目を細めて考える。
ハルキが言った。
「まあ、一年間のエンカウント(対戦)の勝率が五割の成績なら、自動的にC級になれるからね」
「そうなの?」
「そうだよ、スズメちゃん」
弾むような声。
「町のあちこちでエンカウントしたかいもあるってね。おかげで二回に一回は勝てるようになったし」
「とてもプロを目指す奴の成績じゃないよね」
はしゃいでいたユウミがハルキのその一言に動きを止める。
スズメも言った。
「あんた私にも苦戦したものね」
「うっ」
「僕とやっても勝てないことのほうが多いし」
「ううっ」
ユウミが薄い胸を押さえ苦しげに眉をしかめた。
ハルキが追い討ちをかける。
「それにB級からは筆記試験もあるし、ユウミには厳しいかもね」
バタンとユウミがテーブルに突っ伏した。
器用に飲み物を避けているのは大したものだとスズメは感心する。
「うぅぅ……だから勉強しないといけないって言ったのにぃ」
「ごめんごめん」
笑いながらハルキがアイスコーヒーを手に持つ。
スズメも彼に倣ってアイスティーを確保した。
「でも、実戦形式でなくペーパー試験ならどうにかなるんじゃない? あんたエンカウントモンスターズに明るいでしょ?」
「筆記試験はエンカウントモンスターズのことだけが出るわけじゃないよ」
「え? そうなの?」
「あくまでもプロに本気でなろうっていう人のための試験だからね。B級から公式大会に出られるようになるし。ある程度の一般常識が求められてくるんだよ」
「……桂くん、詳しいのね」
「まあ、僕も受けるし」
「桂くんもプロになりたいの?」
「プロになるかどうかまでは決めてないんだ。ただ、公式大会の出場資格はほしいかな」
「……」
スズメはぼんやりと思い出した。
そういえば、お兄ちゃんって前にエンカウントモンスターズの大会に出てなかったっけ?
いやいやいやいや。
と、すぐに否定する。
……お兄ちゃんがそんな公式の場でエンカウントするなんてありえないよね。
「小松さん?」
ハルキの声にスズメははっとする。
慌てて彼女は言った。
「な、何でもないの。みんなすごいなぁーって思っただけだから」
「じゃあ、スズメちゃんも受けようよ!」
「へっ?」
「ねっ、ねっ、受けよ! そして三人で大会に出よっ!」
「あ、いや、だって、私は」
「いきなりB級からって人もいるから安心して。おじいちゃんなんてA級から始めたってよく自慢してるし」
「そ、そういう問題じゃ……そもそも私、大会とかに出るつもりは……」
「はい決定! 一緒にがんばろうね!」
ユウミがぱちぱちと拍手しスズメの受験を歓迎した。それをあたたかな目でハルキが見守っている。
こうしてスズメはプロへの道に踏み出す……もとい巻き込まれるのであった。