第1話

文字数 1,045文字

 男は水平線の向こうに浮かぶ夕日を見つめ、ギターをかき鳴らす。ひとけの少ない田舎町の夕方に男は一人、思い詰めた様子で夕日をみている。そこに同級生の女が現れ、今日でもう卒業だねとたわいもない会話を交わし、男の横に並ぶ。男はそうだなと無愛想な返事をして、再びギターをかき鳴らす。次の日男は船に乗り東京に旅立つ。朝日の向こうに小さくなっていく船の姿を、女は見つめる。

 世界最後の一日、なんのあてもなく街をぶらついていると、ふと馴染みのある映画館を見つける。中に入ると、こんな時に映画を見ている顔馴染みを見つける。
 「こんな時に映画なんか見なくったって」
 世界の最後という日に、多くは欲望と消費に溺れ、サービスを提供するものが消えた世界で、街で唯一開かれている小さな映画館で、Bきゅう映画にひたる旧友に男は話しかける。
「これといって変わったことをする気にならなくてな、こんな世の中でも今まで通りに仕事に従事しているあの物好きな老人には感謝してるよ」昔と全く変わらない彼の屈託のない笑顔を見て、俺は呆れてため息を漏らした。

 「昔からお前は変なやつだと思ってたけど、大人になっても何も変わらないんだな」
 「10年ぶりだっけか?」
 「そんなにあってなかったのか」
 すっかり変わってしまった世界で、お前ならきっとここにいるんじゃないかと思っていた。
 「あと2時間か」タバコに火をつけて、それもまた無頓着に、彼は言った。
 「怖くないのか?」
 「・・・」

 明日世界が終わる、それもあと2時間で。

「怖いさ、未来は怖くてたまらない。昨日まで俺だってお前みたいに未来に怯えていたんだぜ。」
一度ゆっくりいきを飲み込んで、彼は続ける
「だから俺は過去に逃げ込むことにした、そうおもって外をぶらついているうちに、この映画館に引き込まれていた。過去を一番に思い出させてくれるのはこの映画館だと思ったんだ。」

 10年ぶりにみた彼の涙は、心に刺さるものがあった。
 
 「確かに俺がこの映画館に引き寄せられたのもそういうことなのかもしれないな。」

 1分間の贅沢な沈黙の中で、目の渇いた彼が口を開く。
 「いや、お前の方か」
彼はそう呟くと、何かおもいたったように立ち上がった。
 「あと2時間あることだし、映画でも見ないか?」
何か吹っ切れたように彼はいつもの屈託のない笑顔に戻っていた。

間に一つ席を開けて座り、映画が始まる。世界が終わる最後の2時間、こうして二人並んで映画を見るなんて、10年前を想起させる。

「そうか、お前の方だったのか。」
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