もののけ
文字数 1,501文字
忘れられない友達
─────私はずっとひとりだった
部屋にこもって誰に会うこともなく、私はそこにいた。もう、ずっと長いこと。そんな私のもとに彼はやってきた。彼は異形のもの。そして想像を越える図々しさで私との距離を縮めてきた。
彼の発する言葉は全く理解できなかった。ただ叫んでいるだけなのかと思えば、時折私に話しかけてくるような素振りも見せる。意味はわからないけれど好意的なのはわかる。だって彼の瞳に濁りはないから。
いつも笑いかけてくれた。言葉は通じなくても遊びに言葉なんていらない。いつしか私も彼につられて口もとがゆるんでいた。
彼の体は異常だった。成長スピードが恐ろしく早い。1年を過ぎる頃には元の体重の3倍になり、体もそれなりに大きくなっていった。動きも素早くなっていくので、おいかけっこをすればすぐに追い付かれてしまう。だけど彼は相変わらず優しい。いつも私を優しく撫でてくれた。かくれんぼをしたり、おいかけっこをしたり、毎日が楽しかった。たとえ彼の姿や形が変わったとしても私たちはずっとずっと友達なのだ。
ところがある時を境に彼は変わった。いくら話しかけてもこちらを見ようとしない。聞こえていないのかな? こちらを見ないのであれば目の前に行くしかない。私は彼の前に立ち塞がった。だけどその視線の先に私はいない。私を空気のように扱う。嫌われてしまったのだろうか、どうしたら前のように笑ってくれる?
彼の姿は更に変わっていく。皮膚は黒くなり固さが増した。声も地の底から這い出した亡者のように低い。もう私の知っている彼ではない。
私はまたひとり部屋にこもる。彼との思い出が楽しかった分寂しさが募った。出会わなければ良かった。忘れてしまった方が楽なのかもしれない。だけど彼の笑顔は目蓋に焼き付いて離れない。心が痛むけどほんのりと温かい。あぁ、そうか目をつむればいいのか。そしたら彼の笑顔と一緒にいられる。私は目をつむった。ほらね、これで彼の笑顔が見える。心も痛くないよ。
「拓也、探し物はあった?」
階段下から中年女性の声。
「あ、ああ、あったよー」
若い男はそう言って、段ボールを抱えながら階段を降りてきた。
「ほらほらこれ、最近颯大が車ブームなんだよね~。ほらミニカー! これアパートに持ってったら颯大喜ぶぞー」
「あら、古いのに綺麗にしまってあるのね。懐かしいわ。……拓也、これで遊ぶようになって母さんようやく安心出来たのよ、やっと子供らしくなったと思って……」
「なんだよそれ。子供らしくない幼児っているのかよ」
「うーん、今だから言うけど、拓也は小さい頃幽霊が見えたみたい。何もない空間を見てよく笑うし、そのうち見えない
「マジか! 俺全然覚えてねぇけど」
「でしょうね、幼稚園に入ると毎日が忙しくて家に帰ってきても園の話ばかり、その頃から幽霊と遊ぶこともなくなったんじゃない? ……颯大はそんなことは無いの? あんたの子だし、心配なんだけど」
「大丈夫だと思うよ……颯大、お化け屋敷も怖がるくらいだし。今は良くも悪くも車に夢中だからかな。緊急車両が見たいからと毎日外につれ出せってうるさいったら。こちとら仕事でヘトヘトなのにお構い無しだ」
「そう、じゃ、安心ね。子供に付き合うのも親のつとめだから頑張って!」
2人の笑い声が家中に広がる。
──────かすかに、
彼の声がした気がした。
きっと気がしただけ……
彼は私の忘れられない友達だから
─────私はずっとひとりだった
部屋にこもって誰に会うこともなく、私はそこにいた。もう、ずっと長いこと。そんな私のもとに彼はやってきた。彼は異形のもの。そして想像を越える図々しさで私との距離を縮めてきた。
彼の発する言葉は全く理解できなかった。ただ叫んでいるだけなのかと思えば、時折私に話しかけてくるような素振りも見せる。意味はわからないけれど好意的なのはわかる。だって彼の瞳に濁りはないから。
いつも笑いかけてくれた。言葉は通じなくても遊びに言葉なんていらない。いつしか私も彼につられて口もとがゆるんでいた。
彼の体は異常だった。成長スピードが恐ろしく早い。1年を過ぎる頃には元の体重の3倍になり、体もそれなりに大きくなっていった。動きも素早くなっていくので、おいかけっこをすればすぐに追い付かれてしまう。だけど彼は相変わらず優しい。いつも私を優しく撫でてくれた。かくれんぼをしたり、おいかけっこをしたり、毎日が楽しかった。たとえ彼の姿や形が変わったとしても私たちはずっとずっと友達なのだ。
ところがある時を境に彼は変わった。いくら話しかけてもこちらを見ようとしない。聞こえていないのかな? こちらを見ないのであれば目の前に行くしかない。私は彼の前に立ち塞がった。だけどその視線の先に私はいない。私を空気のように扱う。嫌われてしまったのだろうか、どうしたら前のように笑ってくれる?
彼の姿は更に変わっていく。皮膚は黒くなり固さが増した。声も地の底から這い出した亡者のように低い。もう私の知っている彼ではない。
私はまたひとり部屋にこもる。彼との思い出が楽しかった分寂しさが募った。出会わなければ良かった。忘れてしまった方が楽なのかもしれない。だけど彼の笑顔は目蓋に焼き付いて離れない。心が痛むけどほんのりと温かい。あぁ、そうか目をつむればいいのか。そしたら彼の笑顔と一緒にいられる。私は目をつむった。ほらね、これで彼の笑顔が見える。心も痛くないよ。
「拓也、探し物はあった?」
階段下から中年女性の声。
「あ、ああ、あったよー」
若い男はそう言って、段ボールを抱えながら階段を降りてきた。
「ほらほらこれ、最近颯大が車ブームなんだよね~。ほらミニカー! これアパートに持ってったら颯大喜ぶぞー」
「あら、古いのに綺麗にしまってあるのね。懐かしいわ。……拓也、これで遊ぶようになって母さんようやく安心出来たのよ、やっと子供らしくなったと思って……」
「なんだよそれ。子供らしくない幼児っているのかよ」
「うーん、今だから言うけど、拓也は小さい頃幽霊が見えたみたい。何もない空間を見てよく笑うし、そのうち見えない
それ
と遊び出したの。怖かったし心配したのよ。呪われるんじゃないかと。だけど幼い子供が幽霊を見るのは良くあることたからと人から聞いてね、あえて触れないようにしてたんだ」「マジか! 俺全然覚えてねぇけど」
「でしょうね、幼稚園に入ると毎日が忙しくて家に帰ってきても園の話ばかり、その頃から幽霊と遊ぶこともなくなったんじゃない? ……颯大はそんなことは無いの? あんたの子だし、心配なんだけど」
「大丈夫だと思うよ……颯大、お化け屋敷も怖がるくらいだし。今は良くも悪くも車に夢中だからかな。緊急車両が見たいからと毎日外につれ出せってうるさいったら。こちとら仕事でヘトヘトなのにお構い無しだ」
「そう、じゃ、安心ね。子供に付き合うのも親のつとめだから頑張って!」
2人の笑い声が家中に広がる。
──────かすかに、
彼の声がした気がした。
きっと気がしただけ……
彼は私の忘れられない友達だから
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