バレンタインデー

文字数 1,089文字

「バレンタインディにチョコを送るなんて、お菓子メーカの策略に乗らなくってもいいわよね」

 何でも無いことのように、テーブルに肘をついて両手を頬に添えて真紀は言う。
 今日は、真紀の買い物に付き合って町に出て来ていた。
 真紀がずっと狙っていた靴も、バーゲンで買えたし、僕もついでとばかりに、春物の服を買ったしで、それなりにホクホクしていた。
 たまたま通りがかった喫茶店で、休憩がてらに、コーヒーでもって入ったのだけど。
「まぁ、そりゃね。そもそも、女性から男性に渡す方が、世界的にはめずらしいけどさ。それが、何?」
「べ~つにぃ」
 真紀は、自分の顔の前に手を出し、指輪をはめた左の薬指を見ていた。

「お待たせ致しました。ホット2つ、ご注文は以上でよろしかったでしょうか?」
「は~い」
 真紀が適当に、返事をしている。
 この手のマニュアルって、なんか日本語変だなっていつも思う。
 定員さんが、コーヒーを二つテーブルに置いていった。

 僕は、そのままコーヒーを飲もうとすると真紀が言ってくる。
「ミルクくらい入れたら? 胃が悪くなるよ」
「いや……。気分悪くなるから」
「じゃ、私貰うね」
 真紀は、僕の分の小さなプラスティックに入ったミルクを取って、自分のコーヒーに入れた。
「牛乳なら良いんだけどね。なんでか、その手のミルクだめなんだよね」
「ふ~ん」
「あと、何買うんだっけ?」
「化粧品かなぁ~。春の新色、何かあるかなぁ~」
 悠人も付き合ってよねって真紀が言ってくるから。
「あ……と、僕は本屋で待ってるかな?」
「え~? なんで? 選んで貰おうと思ったのに」
「……いや、死ぬから。あの、化学薬品のにおいの中にいたら、普通に死ぬから」
 真紀が、む~っとした顔になった。
「私だって、甘いの苦手なのに。あのチョコにおいが充満した中、毎年毎年、バレンタインのチョコ買ってきたのに……」
「僕だって、甘いの苦手なのに。毎年毎年、頑張って食べたのに……」

 ぶっ……くくくっ。
 ブハッって二人で吹き出した。
「バカだよな。お互いちゃんと言えばよかった」
「本当にねぇ。お菓子メーカの策略に乗って、無駄な事しちゃったわよね」
 ひとしきり笑って、真紀が言う。

「でも、化粧品売り場は付き合ってね」
「付き合わなくて良いって、流れでしょう……それは」
「あら。奥さんにはいつまでも綺麗でいて欲しいでしょ? 旦那様」
 おちゃらけて言う真紀に、溜息付きながらも笑顔で返す。
「はいはい。では、お付き合いしましょうか。奥様」
 そう言って、また笑い合う昼下がり。
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