ある日、森の中

文字数 1,993文字

 森の中は暗く、夕方にはとても思えませんでした。

「はやくおばあさまの家に着かないと、本当に夜になってしまうわ」

 道に迷った少女は、とても怖い気持ちに襲われました。
 
 今日は病気で寝込んでいるという、おばあさんの家に行くはずだったのです。けれども途中、お花のとても良い匂いに誘われ、どんどん奥へと進んでしまいました。気が付くと太い木々の生い茂った場所へと辿り着いてしまいました。

 自分を励ましながら歩いていくと、暗い森の奥に明るいものが見えました。

「あれはランプの明かりかしら」

 ここがどこかも分かりませんが、少女は少し嬉しくなりました。明かりが見えるということは、誰か人がいるのかも知れません。

 やがて明かりの元に辿り着くと、そこには開けたお花畑と、背の高い光源がいくつも立っていました。強い照明の下では、オレンジ色をした綺麗なお花が咲き乱れています。こんな森の奥に、いったい誰がこんなお花畑を……

「やぁ、お嬢さん。こんなところで何を?」
「!?」

 突然、少女は後ろから声を掛けられました。
 
「私は心優しい森のクマです。ここは平和な場所。あなたのような人間が来てはいけません」

 声を掛けて来たのは、見るからにクマでした。

 少女は思いました。
 平和な場所だから人間が来てはいけない、とはどういう理屈なのでしょう。自分で自分のことを心優しいなんて呼ぶところも、納得がいきません。これは余程の危ないクマ、もしくは危険なクマかも知れません。

 ですが、彼の目はとても強い慈愛に満ちていました。もう少し具体的に言うと、トロロンとした形をしているのです。焦点が明らかにずれており、とてもきれいに輝いています。

『あぁ、このクマはきっとクスリをキめているんだわ』

 遠い海の向こうで、愛や平和を訴えて世界的に有名になった人たちがいることを少女は知っていました。彼らが愛や平和について考えるときは、大体、大麻やハッシッシなどを吸引していたことも。

 そんなことを少女が思い出す間に、目の前のクマはいよいよ優し気な雰囲気を醸造(じょうぞう)しています。口元もだらしなく開き、ヨダレが垂れていることさえ気づいていないようです。

 少女は、とても分かりやすい言葉で話さないと通じなさそうだなと思い、とても慎重に言葉を選びました。

「おいポン中。ラリッた頭で私の言葉が理解できるのか?」

 すると、クマは表情を一変させ、とても怒ってしまいました。

「誰が覚せい剤中毒者(ポン中)や! あんな道に外れたヤツらと一緒にするなどゆるせん!!」

 荒ぶるクマは少女に向かって突進しました。大麻にしろ覚せい剤にしろ、薬物に染まった脳ミソはとても情緒不安定だな、やれやれ。そう思いながら、少女は1枚のコインを手に取りました。

「これが何だか分かるかしら?」

 そう告げて、コインがピンっと親指に弾かれました。
 くるくると回る金色のコインは、クマの目元へと飛んでいきます。

「あっぶね!」

 カウンターをかまされそうになったクマは、すんでのところでコインをキャッチしました。

「私は平和を愛する森のクマ。あなたたち人間の貨幣なぞに興味はない!」

 怒りを増すクマに向かって、少女は問いかけました。

「ヘンプ・コインを知らないのかしら?」
「アヘン……?」
「ヘンプ・コインよ」

 金色にコーティングされた、綺麗な女の人の横顔が描かれたコインを指さしながら、少女は言葉を続けました。

「略称はTHC。ブロックチェーン技術を基盤として開発された通貨の一種、その目的は

なの。ボーダレスとなった現代社会では、基軸通貨を介するよりも確実な取引が見込まれるわ」
「???」

 混乱をきたすクマをよそに、少女は語ります。

「そもそも、大麻の有害性はアルコールやタバコ、ましてや裏社会で流通しているドラッグ類なんて比べ物にならないほど低いわ。非合法化するからマフィアの資金源となり、管理もできなくなる。いっそ表に出して全てをデータ化する方が、よほど健全と私は考えるわ。
 大麻の取引を全て可視化すれば、後ろ暗い部分なんて消えて無くなる。ここに照らされるお花畑のように、明るい所へと引っ張ってあげることができる。そうすれば、医療にも嗜好品にも、あらゆる全てを適切に管理できるの」
「な、なにを言っている……?」
「つまり、そのコインがあれば、あなたは誰に(はばか)ることなく大麻を得ることが出来るのよ」

 そう言われて、クマはじっと手元の金色を見つめました。
 次の瞬間、コインは爆発。立ち上る爆炎と共に、尊い命が天へと召されました。

「馬鹿ね、仮想通貨が実態を持っているわけないじゃない。しょせんはシャブ中……あ、でもいい顧客になる可能性もあったのかしら?」

 やっちゃったかしら、と思いながら、少女は思考を切り替えました。

「さて、早くおばあさまの所へいかないと。あのケシ畑を教えてあげれば、とっても喜んでくださるわ」
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