ふわふわ

文字数 1,748文字

 目の前には様な青空。雲ひとつない。地平線が続いている。空が遠く、地面は近く感じる。
 
 書類をコピーしようと思ったが自宅のコピー機が故障していて、サンダルをひっかけて近くのコンビニへ。締め切りが近いので時間のロスが痛い。コピー機は2階にありイートインスペースもあるがあまり人はいない。蓋を開けると冊子が置きっぱなしだ。忘れ物か。手に取ってみると通帳だ。昔のキャラクターが表に印刷されている。忘れた人今頃焦っているだろうな。コピーが終わりレジに通帳を預けようと、会計列に並ぶも、店員は外国の人だ。話が通じるか不安。説明するも、上手く通じず、片言の英語でも説明するもこれもイマイチ。そのまま無理に預けてきてもよかったが、通帳だからと思い、駅まで行って交番に預けることにした。
「すみません」
 交番の扉を開けると両親と同じ歳くらいの警官が対応してくれた。
「コンビニに預けなかったの?」
 思ったけれど店の人が外国の方でと説明する。
「どう処理するかな。とりあえずここ書いて。」
 出された書類の住所、名前、連絡先を順に埋めていく。警官は書類が分厚く挟まっているファイルをめくり何かを確認してる。これは時間がかかりそうだ。参ったな、仕事がまだ残ってるのに。
 後ろからドアを開ける音がして振り返ると小柄な女性が立っていた。杖で引き戸が締めにくそうなので、代わりに閉める。ぺこりとお辞儀をされ、こちらも返す。お地蔵さんの様な穏やかな顔の方だな。警官が来客に気がつき、ファイルを閉じて「どうしましました?」と声をかける。
「通帳を落としてしまって」
 警官と顔を見合わせる。
「少し待ってもらえますか?」
 問いかけられるが答えはもちろん、はい。
「どちらで落とされました?」
「コンビニでコピーしたことは覚えていて」
 本当に?また警官と目が合う。
 数回の質問を盗み聞き続きしながら、確信が強まる。
「落とし物として今届いたところですよ。こちらの方が拾ってくれたみたいです」
 あらまぁと言った顔で女性がこちらを振り返る。
「ありがとうございます」
 手を差し出され、こちらも差し出し握り返す。
 その時だ。体験したことのないびびびとした感覚が体を駆け巡る。なんだ?びっくりして、女性をじっと見てしまう。
「あなたにもいいことが訪れますように」
 ふわふわとした手のひらで優しく手を握られた。
「書類書き終わりました?じゃ次お母さん書類書いて。ご協力ありがとうございました」
 女性と話したかったが記入を始めていたので交番から出ることにした。出て時間を確認すると、1時間も経っていた。やばい仕事が終わらないからわざわざコピーしに来たのにこれじゃあ、予定の時間に終わらない。残業だな。
 自宅に帰りひと息つきたいが、すぐ続きにとりかかる。なんとか一区切りがついて、コピーした書類が目にはいり、不思議な感覚を思い出す。
「いいことか」
 言われたことを呟きながら、コーヒーを入れるために、粉をスプーンではかりドリッパーに入れゆっくりと円を描きながらお湯を注いでいく。注ぎ終わりお気に入りの陶器のペンギンの容器から四角いブラウンシュガーをカップにいれる。
「ペンギンになって南極体験でも出来ますように」
 ぽちゃん。
 念力を込めながら、カップに砂糖を落としをスプーンでコーヒーゆっくりと混ぜた。
 
 覚えているのはそこまでだ。目の前に広がるのは映像でしか見たことのない氷の世界。一旦閉じてまた開くも同じ景色が広がっている。
「嘘だろ」
 俺の足が俺のじゃない。黒くて尖った爪が三本。両足とも。手を見ると、三角で平たくて黒い。反対も同じ。触ってみると少しざらっとしている。予想はつくが、夢だと思いたい。確かに、なりたいとは言ったけどホントになるとは。
 とりあえずここにいてもと、先にある岩場を目指して進んでいく。一歩が小さいので時間がかかる。苦戦しながら近づくと、子供のコウテイペンギンが近づいてきて、足にぴたりくっついてきた。小さい頭を手で撫でる。ふわふわだ。やっぱり、俺コウテイペンギンになったみたい。
 締め切りのこと、これからのこと、考え始めたらきりがない。でも、ふわふわの手と岩場を歩くのは悪くない。戻れなかったら締切はもう無理だけど。小さい一歩をまた歩き出した。
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