かなりの魔力の持ち主

文字数 2,042文字

「普通の人間には見えない、立て看板の指示に従って頂いたと言う事は…」

 丑三つ時の洗面台。

 鏡の前に立つ水無月さんに、鏡の中から<鏡像の水無月さん>が声を掛けます。

「貴殿、かなりの魔力の持ち主だと お見受けします」

 鏡に映った 向かい合わせの自分の像に、水無月さんは呟きました。

「…あの看板、誰にでも…見える。」

「そんな事は、御座いますまい…」

<鏡像の水無月さん>の顔が、心外そうに歪みます。

「魔力を持たない者には見えず、鏡にも映らず、写真にも残らないはずです!」

 水無月さんは、鏡の中の自分にスマホの画面を見せました。

 そこに、奇妙な文字の書かれた、立て看板が写っています。

 画像を見せられた<鏡像の水無月さん>は、決まりが悪そうに、目を逸らしました。

「魔法…掛け間違えました……かな」

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 洗面台の鏡の中の自分の姿を、水無月さんは、無言で見詰めます。

 沈黙に耐え切れなくなった様に、<鏡像の水無月さん>が、言葉を発しました。

「小生… ン・ウカショと申します」

 自己紹介と同時に、<鏡像の水無月さん>だったものは 初老の男性の姿に変わります。

「実は小生…貴殿の様な、魔力の持ち主を探しておったのです。」

「…」

「是非とも貴殿の力で、小生をそちらの世界に…召喚して頂きたいのですよ!」

 期待の目で見る ン・ウカショに、水無月さんは 素っ気なく答えました。

「嫌。魂…取られたくない」

 慌てた ン・ウカショは、体を前に乗り出します。

「こちらからお願いして お骨折り頂くのに…そんな筋が通らない事は、致しません!」

 鏡の向こうの顔が近くなったので、怪訝そうに顎を引く水無月さん。

 それに気が付いた ン・ウカショは、慌てて姿勢を正しました。

「実は…貴殿に この様な事をお願いするには、理由があるのです…」

「─」

「魔界では…人界に召喚された回数が多い程、箔が付くのですが…」

 ン・ウカショの声が、弱々しくなります。

「─ 不本意ながら…あまり召喚回数が多くないのですよ、小生は。。。」

 俯いた ン・ウカショに、水無月さんは尋ねました。

「体裁を良くするために…人界に召喚して貰う、営業活動?」

「…恥ずかしながら」

 黙りこんだ ン・ウカショに、水無月さんが切り出します。

「もし、召喚したら、何…して貰えるの?」

 水無月さんの言葉を聞いて、ン・ウカショは顔を上げました。

「ご希望のものを…何なりと!」

 一途の望みを託して、ン・ウカショが畳み掛けます。

「魂を、ご所望ですか?」

「…」

「世界征服でも、不老不死でも、巨万の富でも…お望みを何なりと!!

 熱弁を振るう ン・ウカショに、水無月さんは、ボソッと言いました。

「…ケーキセット。」

「は…?」

「特選ケーキセット…<カフェ敦賀>の。」

「─ そんなもので…宜しいのですか?」

 頷いた水無月さんに、ン・ウカショは、拍子抜けした声を出します。

「お、お安い御用では…ありますが。。。」

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「…お金、持ってるの?」

 水無月さんの問い掛けに、ン・ウカショが即答しました。

「持ってませんが…小生の魔力で作れます。」

 自信たっぷりに答えた ン・ウカショに、水無月さんが断固とした表情を見せます。

「偽札は…駄目!」

「─ お固いですなぁ。それじゃ…参考用に所持しているものがありますので、今回は それを使う事と致しましょう。」

「見せて…」

 訝しむ水無月さんに促されて、鏡の中の ン・ウカショが懐から取り出したもの…

 それは、アフリカ某国の<100兆ドル紙幣>でした。

「それ…日本では使えないし、現地でも もう使えないはず…」

「え?」

「そもそも、0.3円の価値しか無いから…ケーキセットなんか無理。」

 失望の色が、水無月さんの瞳に閃いた事に気が付いてン・ウカショは慌てます。

「ならば…さ、砂金では!」

「ケーキセットの代金…砂金の重さでは払わない」

「…な、何とか致します! し、暫しのご猶予を!!

 焦る ン・ウカショに、水無月さんは 静かに告げました。

「召喚は…又の機会。」

「そ、そんな!」

 鏡の向こうで、ン・ウカショは取り乱します。

「か…必ず、どうにか致します! それ故、ぜ、是非とも、今直ぐ召喚を!」

「もう、眠たいから。」

 呟いた水無月さんは、顔を正面に向けたまま、スイッチに手を伸ばしました。

 その動作に気付いて、狼狽えるン・ウカショ。

「み…水無月、殿?」

 部屋の明かりを消し、何も無かったかの様に、洗面台の前から姿を消す水無月さん。

 ン・ウカショは、鏡の中から 必死に訴えます。

「水無月殿…み、水無月殿! ご、御無体です!!
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