交差点のブルーマン

文字数 1,977文字

 通勤途中に、奇妙な男を見かけた。
 ジャケットとパンツ,シャツ,ネクタイ,さらにキャップとスニーカーも、すべてが青かった。全身が、目の覚めるような青なのだ。

 そんな人間が交差点に立っているのだから、目立たぬはずがない。しかし、通行人は誰一人、見向きもしないのだ。僕が知らなかっただけで、交差点では馴染みの情景なのだろうか。

 最初は、子供の安全を見守る「緑のおじさん」なのではないか、と思った。旗こそ持っていないが、いつも交差点にいたからだ。しかし、ここはビジネス街である。通学路ではないので、子供は一人も歩いていない。

 次に、売れない芸人ではないかと思った。舞台で緊張しないために、派手な格好をして立っているのではないか。ただ、それなら大きな駅の前とか、人通りの多い広場とか、それに相応しい場所がある。度胸をつけることが目的なら、何らかの芸を見せるはずだ。

 その後、何度も繰り返し、彼を見かけた。
 僕は彼を「ブルーマン」と呼ぶことにした。

 ブルーマンは愛想がなかった。うつむき加減で、ただ黙って佇んでいるだけだ。不気味なまでに無表情だった。真夏になり気温が35度を超えても、ジャケットを着たままだし、汗染み一つつくっていない。

 しばらくして気づいたのだが、他の人にはブルーマンが見えないらしい。僕は子供の頃から時折、幽霊や妖怪、UFOを目撃しているが、彼もそうした類なのだろう。

 ブルーマンの正体は何なのか?

 まず、思い浮かぶのは、死神である。標的の人物が交差点にやってくると、赤信号と青信号を入れ替えたり、車道に突き飛ばしたりして、交通死亡事故を引き起こすのではないか?
 しかし、ずっと交差点で待ち続けているなんて、気の長すぎる話だ。死神であるなら、標的の人物の元まで飛んでいけばいい。

 もっとシンプルに考えるべきだろうか。例えば、この交差点で死んだ男の地縛霊とか。
 ネットリサーチで調べてみたが、それらしき新聞記事が見つからない。ベテランの社員に訊いてみたが、交差点で交通事故が起こった記憶はないという。

 今朝も交差点にやってくると、いつものようにブルーマンはいた。
 いつもと違うのは、横断歩道を挟んだ位置に、もう一人いたことだ。ただし、青ずくめではなく、緑ずくめである。予期せぬグリーンマンの登場だった。

 グリーンマンはブルーマンと違って、表情豊かで陽気なタイプだった。全身を使って通行人に愛嬌をふりまいている。もっとも、誰も彼に注意を払わない。ブルーマンと同様に、やはり、姿が見えないのだろう。

 驚いたことに翌日、交差点にグリーンマン2号が現れた。一人増えて、二人になったのだ。
 彼らは肩を組んで、横断歩道の向こうにいるブルーマンを眺めていた。時折、からかうような様子を見せたり、これ見よがしに唾を吐いたりして、明らかに敵意をもっているように見える。

 グリーンマンは日に日に人数を増やし、あっという間に十人になってしまった。横断歩道を挟んでブルーマンと対峙している。少なからず、不穏な気配を感じたので、僕は双方の動向を見守っていた。

 状況が急変したのは、秋の気配を漂い始めた頃だった。僕はその場に居合わせたのだが、突然、十人のグリーンマンが一斉に横断歩道を渡り、素早くブルーマンを取り囲んだのだ。

 グリーンマンたちは大口を開けて笑っていたし、ブルーマンは悲鳴を上げているようだったが、僕の耳には何も届かなかった。ブルーマンはグリーンマンの群れにもみくちゃにされ、助けを求めるように右腕を差し上げていたが、それも緑の小山に飲み込まれてしまう。

 まるで夢の中のような光景だった。通行人の数が増えてくると、緑の小山の輪郭がぼやけて、空気に溶け込むように消えてしまった。

 結局、ブルーマンとは何だったのか?

 信号機を眺めていて、思いついたことがある。青信号の色は実際には「緑」なのだが、「青」と呼ばれている。最初の信号機ができた時、法令では「緑信号」とされていたが、新聞が「青信号」と報じて、それが一般に広まったため、「青信号」になったらしい。
 緑の野菜を「青菜」、新緑を「青々とした緑」と呼ぶなど、緑であるものを「青」と呼ぶことは昔からある。専門家によると、平安時代より前からあったらしい。

 前置きが長くなった。端的に言うと、ブルーマンとグリーンマンの正体は、「青」と「緑」の擬人化ではなかったのか。
 色は人知れず、戦っているのだ。青信号の色の件で、「青」と「緑」は対立していた。
 ブルーマンが負けたせいだろうか。信号機の「青」が、いつも以上に「緑」に見える。新緑と呼びたいぐらい、それは鮮やかな「緑」だった。

 おそらく、色同士の戦いは日本全国で行われているのだろう。それこそ、「白黒はっきりさせる」という具合に。

                  了


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