第1話 さっそくのスリル

文字数 1,392文字

 山道を下りながら、こう考えた。力求めりゃ燃費食う。見栄を張れば高く付く。格好求めりゃ窮屈だ。とかくに愛車は選びにくい。かといい買い換えを控えれば、彼女の不満が高じる。不満が高じればケンカが生じ、どこかへ引きこもりたくなる。どこかへ引きこもっても着信攻めで無駄だと悟ったとき、観念が生まれて、決断が出来る。
 というわけで、アディオスこと真田あぢおはガールフレンドの不二美を助手席に乗せて次なる愛車となる新しい車を見に街へ繰り出していた。 
マックス自動車という新しい自動車メーカーが誕生し、コマーシャルでは繰り返し話題の車が宣伝されていた。安さの割に内装が豪華と話題だ。
「この車に乗ってると、あたしまで恥ずかしくなるのよね」
「どうして?」
「車がヘコみまくってるからに決まってるでしょ」
不二美は吐き捨てるように言った。アディオスはバック中に鉄柱に車をぶつけ、バックモニターをとりつけた。すると今度は縦列駐車中に左側のドア付近をぶつけ大きくヘコませた。それではと全方位モニターをつけたのだが、今度は天井からぶらさがった突起物にぶつけたのだった。ちなみに全方位モニターに映される自車の屋根は作り物であり、実際には上空の映像は映し出されない。よって、建物内の突起物も映し出されなかった。上部は大丈夫とだじゃれのごとく過信したが故の悲劇だった。それ以降、アディオスが屋内で駐車する際には必ず降りて上部に障害物がないか確かめるようになったことは言うまでもない。
 国道沿いにめあてのマックス自動車の販売店はあった。白い建物のショーウィンドウから、色違いの新車が展示されているのが見える。店舗を過ぎると駐車場という表示と矢印が見えた。店員らしき男性が駐車場入り口で暇そうに立っている。
「駐車場に入るよ」
アディオスは不二美に伝えるとハンドル横のレバーを下げた。突然ワイパーが動き出す。
ウィンカーのレバーとワイパーのレバーを間違えたようだ。
「え、雨降った?」
不二美の皮肉っぽい問いにアディオスは「今後、降ったときの予防」とごまかした。
 駐車場内へ入ると店員の誘導により白線が引かれた駐車スペースへと向かう。着くなり店員は手振りでバック駐車を促した。
「不二美ちゃん、俺の駐車テクニックをご覧あれ」
アディオスはギアを入れ替えると素早くアクセルを踏んだ。
「ウォォン」
唸るような空ぶかし音が鳴った。
「ギアがニュートラルよ。バックはR」
不二美の指摘に「ははは準備運動さぁ」と強がりアクセルを踏んだままギアをバックに入れる。突然の変速に車はものすごい勢いでバックを始めた。店員がアクロバチックに飛び避ける姿がバックモニターに映し出される。
「ひいいいっ」
不二美の悲鳴が車内にとどろく。
「エマージェンシー!」
アディオスはサイドブレーキをかけた。車は「ガガガッ」という音とともに減速、がくっと後部が持ち上がり止まった。車止めに乗り上げたようだ。
「まさに緊急事態発生だったね。大丈夫だったかい」
アディオスはダンディなものいいで不二美を気遣う。
「緊急ってあんたのせいじゃ。サイドブレーキかける前にアクセルからブレーキに踏みかえといてっ」
不二美は暴走原因を作ったアディオスの右足を指した。
「お客様大丈夫でしたか?」
アクロバチックに危険を避けた店員が右肩を押さえながら運転席をのぞき込んできた。明らかに自分の方が大丈夫ではない。
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