夕飯前に寝落ちした話
文字数 1,741文字
そこは公園らしかったが、これと言って遊具が有るわけでもない広場の様な物だった。ただ、絵に描いた様な金網製のごみ箱から空き缶が溢れ、支柱の表面の錆び付いた水銀灯が地面を照らしている。
とはいえ、夜というには少し早い薄暮、煌々と光る水銀灯は無駄に明るいばかりである。
ふと視線を地面に近付けると、平たい飾り石を椅子にテディベアが座っていた。よくある柔らかく毛足の長い明るめな茶色い生地で出来た、人懐こい顔のぬいぐるみだ。首には赤色と緑色からなるタータンチェックのリボンが巻き付けられていて、その腹を背もたれにして一枚のカードが立っている。
――ここにでんわしてね。
この公園はやけに静かだが、テディベアの背後、生け垣の向こうは幹線道路らしい。
通りに出ると広い歩道が続いていて、その先に電話ボックスが佇んでいた。
「すげぇ、まだ生きてたんだ」
電話ボックスに入り込み、テディベアを電話機の上に座らせると、テディベアは十円玉を差し出してくれる。
何年に鋳造された物かは分からないが、随分黒く渋い色に変色していて、手触りは滑らかだった。こんな物を硬貨として認識するのかと不安になったが、それはすんなりと吸い込まれた。
テディベアに立てかけられていたカードの番号にかけると、電話口の向こうでいきなりお待ちしておりますという。
何の事かと首を傾げたところで、私は板張りの屋内に立っていた。ご丁寧に靴は何処かで脱ぎ捨てて。
目の前には、何も無い畳敷きの間が広がっていた。
「旅館?」
右を見ても左を見ても、白熱球の赤い光に照らされた板張りの廊下が果てしなく続くばかりで、その両端に終わりは見えない。仕方なく畳敷きの間に入ると、ささやかな床の間には古めかしい置時計が有った。
「夜ですか、そうですか……」
外は薄暮からやや進んだ宵となり、窓の外には鬱蒼とした木々の影がぼんやりと映る。
それからどれくらい待っただろうか、閉めた覚えのない襖がいきなり開かれる。
「お食事お持ちしましたー」
「たー」
姿を現したのは和服姿の仲居さんではなく、二足歩行するふかふかの物体だった。
「ほぅ……」
流石、ぬいぐるみが持ってきただけある、そのお膳はおままごと用の玩具だった。しかも、雑に置かれた衝撃で、粗末な紙製のパックジュースは倒れ込んでいる。
お膳の向こう側には、悪びれる様子もなく白いうさぎと薄茶色のくまが佇んでいた。精一杯のおめかしのつもりだろうか、どちらも首には赤いベルベットのリボンを付けている。
「よいっしょっと」
私はお膳から身を乗り出し、ふたつのふかふかを抱き上げる。
「んー、手触り最高」
頬擦りせずにはいられない綿菓子の様な柔らかい毛並みからは、古い畳の匂いがする。
「あー……絶対寝心地いい……」
お膳の事など忘れ、私はそのまま横になる。こうも心地よく可愛い物を抱いていれば、いい夢しか見たくない。
そう思っていたら、目が覚めた。
皮肉なもんだ。
「ん……あー……晩飯」
温度計のおまけに表示される時刻は午後七時半を少し過ぎている。
「あー……」
視線を移せば、寝床の傍らに広げた机に放り出された作りかけのあれこれ。昼過ぎからだらだらと作っていたフェルトのおままごとセットが仕上がらずに転がっている机の端には、うさぎとくまが所在なさげに座っている。
「んー……」
わざわざ縮こまる必要もないのに縮こまって寝落ちた、その姿勢に強張った体を伸ばしながら身を起こす。
「はー……」
ほんの出来心、ぬいぐるみをダシに頭の悪い動画を作ってやろうと考えてから早一ヶ月、二匹分のハンバーガーはまだ積み上がらない。早くしないとやる気が無くなるぞと急かされている様な気はするが、夕食を食べてしまわない事には台所も片付かない。
「あー……セール、今日までだった……」
立ち上がるなり思い出したのは、手芸材料のネットショップで買い物をする事。散らかった机を前にして考えるべき事ではないのは明白だが、手芸材料は腐る物ではない。それがガラクタになっていくのも明白だが、今は考えない事にする。
もう一度目をやった所在なさげなうさぎとくまは散らかった机に呆れている様な気もするが、これから作業をする気はない。おもちゃのお膳で腹は膨れないのだ。
とはいえ、夜というには少し早い薄暮、煌々と光る水銀灯は無駄に明るいばかりである。
ふと視線を地面に近付けると、平たい飾り石を椅子にテディベアが座っていた。よくある柔らかく毛足の長い明るめな茶色い生地で出来た、人懐こい顔のぬいぐるみだ。首には赤色と緑色からなるタータンチェックのリボンが巻き付けられていて、その腹を背もたれにして一枚のカードが立っている。
――ここにでんわしてね。
この公園はやけに静かだが、テディベアの背後、生け垣の向こうは幹線道路らしい。
通りに出ると広い歩道が続いていて、その先に電話ボックスが佇んでいた。
「すげぇ、まだ生きてたんだ」
電話ボックスに入り込み、テディベアを電話機の上に座らせると、テディベアは十円玉を差し出してくれる。
何年に鋳造された物かは分からないが、随分黒く渋い色に変色していて、手触りは滑らかだった。こんな物を硬貨として認識するのかと不安になったが、それはすんなりと吸い込まれた。
テディベアに立てかけられていたカードの番号にかけると、電話口の向こうでいきなりお待ちしておりますという。
何の事かと首を傾げたところで、私は板張りの屋内に立っていた。ご丁寧に靴は何処かで脱ぎ捨てて。
目の前には、何も無い畳敷きの間が広がっていた。
「旅館?」
右を見ても左を見ても、白熱球の赤い光に照らされた板張りの廊下が果てしなく続くばかりで、その両端に終わりは見えない。仕方なく畳敷きの間に入ると、ささやかな床の間には古めかしい置時計が有った。
「夜ですか、そうですか……」
外は薄暮からやや進んだ宵となり、窓の外には鬱蒼とした木々の影がぼんやりと映る。
それからどれくらい待っただろうか、閉めた覚えのない襖がいきなり開かれる。
「お食事お持ちしましたー」
「たー」
姿を現したのは和服姿の仲居さんではなく、二足歩行するふかふかの物体だった。
「ほぅ……」
流石、ぬいぐるみが持ってきただけある、そのお膳はおままごと用の玩具だった。しかも、雑に置かれた衝撃で、粗末な紙製のパックジュースは倒れ込んでいる。
お膳の向こう側には、悪びれる様子もなく白いうさぎと薄茶色のくまが佇んでいた。精一杯のおめかしのつもりだろうか、どちらも首には赤いベルベットのリボンを付けている。
「よいっしょっと」
私はお膳から身を乗り出し、ふたつのふかふかを抱き上げる。
「んー、手触り最高」
頬擦りせずにはいられない綿菓子の様な柔らかい毛並みからは、古い畳の匂いがする。
「あー……絶対寝心地いい……」
お膳の事など忘れ、私はそのまま横になる。こうも心地よく可愛い物を抱いていれば、いい夢しか見たくない。
そう思っていたら、目が覚めた。
皮肉なもんだ。
「ん……あー……晩飯」
温度計のおまけに表示される時刻は午後七時半を少し過ぎている。
「あー……」
視線を移せば、寝床の傍らに広げた机に放り出された作りかけのあれこれ。昼過ぎからだらだらと作っていたフェルトのおままごとセットが仕上がらずに転がっている机の端には、うさぎとくまが所在なさげに座っている。
「んー……」
わざわざ縮こまる必要もないのに縮こまって寝落ちた、その姿勢に強張った体を伸ばしながら身を起こす。
「はー……」
ほんの出来心、ぬいぐるみをダシに頭の悪い動画を作ってやろうと考えてから早一ヶ月、二匹分のハンバーガーはまだ積み上がらない。早くしないとやる気が無くなるぞと急かされている様な気はするが、夕食を食べてしまわない事には台所も片付かない。
「あー……セール、今日までだった……」
立ち上がるなり思い出したのは、手芸材料のネットショップで買い物をする事。散らかった机を前にして考えるべき事ではないのは明白だが、手芸材料は腐る物ではない。それがガラクタになっていくのも明白だが、今は考えない事にする。
もう一度目をやった所在なさげなうさぎとくまは散らかった机に呆れている様な気もするが、これから作業をする気はない。おもちゃのお膳で腹は膨れないのだ。