第2話

文字数 739文字

 隣の少女のベットからは、いつも花の香りが漂っていた。胡蝶蘭、フリージア、コスモス、ガーベラ。その他世谷の知らない花たちが白い花瓶に丁寧に生けられ、どんなときでも彼女のまわりを優しく取り囲み、守っていた。
 
 今日少女が腕いっぱいに抱えているピンク色の花束と、その隙間に挟まれた「退院おめでとう!」とカラーペンで書かれたカードは、彼女が誰かに愛されているという事実を鮮明に物語っている。
 晴れやかな笑顔と微かなバラの香りを残して去って行った少女は、もうここに来ることはないのだろう。花どころか花瓶すらない世谷の病室に訪れるのは、毎朝体温を測りに来る無愛想な看護師と、わざとらしいくらいに優しい笑顔の担当医だけだ。


 テーブルに置かれた朝ご飯は、匂いを嗅いだだけで気持ち悪くなり、結局手をつけていない。回収にやってきた看護師は、運んできた時とほぼ変わらない状態のトレイに一瞥をくれると、「後で栄養剤を追加しておきますね」とだけ言ってさっさと病室を後にした。細いというよりか青白い血管がくっきりと浮かび出た腕に繋がれた無数の点滴は、入院した時よりも明らかに増えている。
 どれが何の薬なのかは判然としないが、それを特にどうにかしようとは思わない。ただ、ときどき自分はずっとこのまま、この閑散とした病室に一人きりでいるのだと思うと、気が狂いそうなくらいの恐怖に呑み込まれそうになる。

 考えるな、気にするな、と言い聞かせても無駄だった。朦朧とする意識を何とか保とうと、強く握りしめた手のひらに食い込んだ爪の痕からは血が滲み、白いベットに小さな染みを点々と作っていく。駆けつけた担当医が、隣に控えた看護師に何かを指示を出す姿に、これ以上は点滴するところがないですよ世谷は思わず口を挟みたくなる。


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