第1話

文字数 1,980文字

 僕は馬車の中でノートを広げて、ハイメ1世からかなり後の時代のアラゴン王ペドロ4世について書いてあるページを見た。アラゴンにはペドロという名前の王様がたくさんいるが、ペドロ1世はラミロ2世の兄、ペドロ2世はハイメ1世の父、ペドロ3世は『シチリアの晩鐘』に関係があり、ペドロ4世はフアン1世の父である。ラミロ2世、ペドロ2世の亡霊と一緒にフアン1世の亡霊も僕の部屋に来たことがあるのだが、不真面目王と呼ばれたフアン1世は他の2人に比べてどうも影が薄かった。ラミロ2世やペドロ2世、そしてハインリヒ7世のような強烈な体験がなく、趣味の狩猟に夢中になって政治は王妃とその寵臣が牛耳るに任せていたら国の財政は傾き、死んだときに王にふさわしい立派な棺を作ってもらえずに亡霊になってしまったそうだ。なぜフアン1世はこんなにもやる気がないのか、父ペドロ4世の生涯を見て考えてみることにした。

1319年 ペドロ4世生まれる。アルフォンソ4世と最初の王妃テレサ・デ・エンテンサの息子。
1336年 父が亡くなり王位につく。
1338年 ナバラ女王ファナ2世の王女マリアと結婚し1男3女をもうける。
1347年 ポルトガル王アルフォンソ4世の王女レオノールと結婚したが翌年彼女はペストで死去
1349年 シチリア王ピエトロ2世の王女レオノールと結婚する。
1350年 フアン1世生まれる。
1356年 マルティン1世生まれる。
1358年 レオノール生まれる。カスティーリャ王フアン1世の妃、アラゴン王フェルナンド1世の母となる。
1356年 カスティーリャ王ペドロ1世(残酷王)と「二人のペドロの戦争」を戦ったが、ペストなどの自然災害により勝者なく1375年のアルマサン条約によって終結した。
1377年 シビラ・デ・フォルティアと結婚する。
1387年 ペドロ4世亡くなる。

「私の父について調べているのか?」

 フアン1世のか細い声が聞こえた。

「そうだね。フアン1世がどうして不真面目王、ではなくて不本意な生き方をするようになってしまったのか気になって・・・」
「不真面目王とはっきり言ってよい。どうせみんなそのように評価している」
「ペドロ4世の時代はペストが流行した。フアン1世が生まれる前、2番目の王妃はペストで亡くなっているし、カスティーリャ王ペドロとの戦争もペストの流行で勝者がないまま終わっている」
「あの戦争は私が6歳から25歳まで19年間もダラダラと続いた」
「ペドロ4世が4度目の結婚をした時は58歳だった」
「あの結婚は反対する者も多かった。当時私は27歳、跡継ぎとなる子がいながらどうしてわざわざ結婚するのかと。だが父上は聞き入れてはくれなかった」
「親の再婚は子供にとっては大問題だよ。フアン1世は王家の跡継ぎだからいいけど、僕なんか父さんが再婚した後継母に苛められて結局僕が修道院に入れられた。長男である僕を父さんは追い出したんだ」
「父親を恨んでいるのか?」
「まあね。今の僕はアラゴン王家のみんなと出会って考えも変わったけど、7歳から10歳までの3年間は本当に恨んでいた」
「私は父上の再婚で人生を諦めた。何を言っても私の意見は受け入れてはもらえない・・・」






 次に僕はフアン1世について書いてあるページに目を通した。

1350年 フアン1世生まれる。ペドロ4世と3番目の王妃レオノール・デ・シシリアの長男。
1347年 アルマニャック伯ジャン1世の娘マルタと結婚する。5人の子女をもうけるが娘のファナ以外は夭逝する。
1380年 バル公ロベール1世の娘ビオランテと結婚する。7人の子女をもうけたが、ビオランテ以外は夭逝する。
1387年 父ペドロ4世が亡くなり王位につく。
1396年 フアン1世亡くなる。

 本を見ながら書き写している時には気が付かなかったが、フアン1世にはたくさんの子がいた。最初の王妃マルタとの間に5人、ビオランテとの間には7人いるが、育ったのは娘2人だけで他の子はみんな早くに亡くなっている。2番目の王妃ビオランテとの間の子は次々と生まれ、最後の子はフアン1世が亡くなる同じ年に生まれているが、成長することはなかった。

「私は跡継ぎとなる子を得ることができなかった。生まれた子は次々と死んでいき、生き残ったのはそれぞれの王妃から生まれた娘2人だけだった」
「・・・・・」
「王になったのは37歳の時だ。だが私に何ができたのだろうか?跡継ぎとして10代の頃から王国の1部を統治したわけでもなく、戦争で活躍したわけでもない。フランスから来た気の強い王妃が宮廷を牛耳れば、私はもう見捨てられないようにへりくだっているしかない。ただ1つ跡継ぎの男子が生まれることだけを願ったが、神は私のたった1つの願いも叶えてはくれなかった。私は狩りに夢中になった。狩りならば私の思い通りになる・・・」

 
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