第1話

文字数 1,529文字

その少女はクラスのマドンナであったが、同時に不思議な雰囲気を漂わせる少女でもあった。

「五月(さつき)さん、一緒にご飯食べない?」

クラスの女子たちが、教室の端の席にいる少女、五月紫音(さつきしおん)に声を掛ける。

「……いえ、私は一人がいいので」

そう言うと紫音は、一人、教室を去る。

「なにあれ」

「つまんないわよねー」

女子たちはそれぞれ文句を言いながら、紫音の背中を見送る。

「……」

その様子を見る少年が一人。



古い普段誰も来ない空き教室。

紫音はそこで昼食を取ると本を読んでいた。

静かな空間。しかしその静寂を破るノックの音。

「……誰?」

紫音が呟くと、扉が開き先ほど様子を見てた少年が入ってきた。

「ご、ごめん五月さん」

「あなたは……田中くん」

田中一郎。

成績平凡、運動平凡、容姿平凡。優しいことくらいしか特徴がないと言われる少年。

成績優秀、容姿端麗で特徴的な長髪の五月紫音とは正反対の存在。

「何か用かしら」

「いや、用ってわけじゃないけど、その……五月さんのことが気になったから」

その返事に、一瞬間ができるが。

「田中くんは正直者ね」

微笑を浮かべたあと、紫音は本に視線を戻す。

「えっと、入っていいの?」

「あなたが来たのでしょう。私に止める権利はないわ」

「じゃあ、お邪魔するね」

一郎は紫音の前の席に座る。

再び訪れる静寂。それは昼休みが終わるまで続いた。



「こんにちは、五月さん」

「いらっしゃい」

それから数日、一郎は毎日のように、紫音がいる古い教室に出向いていた。

「それでね、山田くんがね――」

「そうなの」

最初は静寂だった空間も少しずつ変わった。

一郎が話して、紫音は相槌を打つだけだったが。



そんなある日だった。

「五月さ~ん。見たわよ。この前、田中くんと一緒にいるところ!」

女子の一人がからかうように話してくる。

「そう」

紫音は無表情で一言だけ返した。

それが気に入らなかったのか、女子たちが集まり質問攻めを始める。

次々の質問を、ほとんど無視していた紫音だったが。

「付き合ってるの、田中と?」

その質問に紫音の表情が紅潮した。

「あっれ~。その反応。もしかしてほんとに~?」

女子たちが騒ぎ始める。

「べ、別に田中くんとは付き合ってません!」

教室中の誰もが聞いたことのない大声で、紫音は叫んでいた。

「っ……」

自分でもそんな声が出たことに驚きつつ、紫音は教室を抜け出す。

(田中くん本人がいなくてよかった……)

紫音はそう思いつついつもの古教室に向かった。



それからさらに数日。

いつものように一郎は、紫音のいる古教室に来ていた。

「こんにちは。あれっ?」

一郎の視線の先、いつも既に食事を終え本を読んでいる彼女ではなかった。

「……田中くん、お弁当、一緒にどうですか」


2人で机を並べ弁当を食べる。

以前は友達とやっていたことが紫音とできて、一郎は嬉しかった。さらに……。

「あの……田中くん。もしよければこれいかがですか?」

紫音は自分の弁当のおかずを一郎に差し出す。

「え、いいの?」

「食べてくれるなら……」

「ありがとう」

一郎は受け取ると一口でほおばる。

「うわあ、おいしい。五月さん。料理も上手なんだね」

「いえ……まあ……」

その時、一郎は気づいた。いつも本を読んでいる紫音の指にいくつか絆創膏がついてることに。

「五月さん、それ……」

「っ! 何でもありません」

「でも――」

一郎の言葉を止めるように紫音が叫んでいた。

「べ、別にきみに食べてもらいたくてケガしたわけじゃありません!」

そう叫んで紫音はハッとする。

「し、失礼します」

紫音はサッと弁当を片付けると古教室から去っていく。

それを見て一郎は思った。

(五月さん。あんなことも言うんだね)

あまりにもわかりやすい照れ隠しの叫びに一郎は内心喜びつつ、古教室を後にするのだった。
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