二章 朝焼けのない街 - その一

文字数 970文字

流れてゆく住宅街の景色を眺めながら、私は電車に揺られていた。
相変わらず散策をしたり、惰眠を貪ったりして日々を過ごし、そしてとうとう一ヶ月が経とうとしている。電話線は切ったままである。
携帯には着信やメールの通知が頻繁に来ていたが、一週間ほど前からパタリとその件数は少なくなった。

もう居ないものとして諦められているのだろうか。
独身であるため警察に連絡されると厄介なので、最低限の連絡を行い、後はなんの連絡もせずメールの内容も見ていない。
通知の音もオフにしていたためさほど気にもならなかった。

口座にはまだある程度余裕のある金額が残っている。10ヶ月はこの金で不自由なく過ごせるだろうが、その後のことはてんで考えていない。
しかし何故か今後の生活に関して不安感はない。むしろ何の不安もない自分それ自体に不安さえ覚える。私は一体どうしてしまったのだろうか。

そんな憂鬱な考えは程々に、後は現状を気楽に捉えていた。
私が今乗っている電車も、気ままな日々の散策の一環である。近場の駅から電車に乗って、何度か乗換をして、また、知らない土地のとある私鉄に揺られている。
時刻は5時半。赤と紫のコントラストが空を覆う。車内にはほどほどの数の乗客が乗っており、平日だがまだ混む様子はなかった。

「それにしても貴方様は今不思議な状態の様です。」
廃墟で合った紳士の言葉が頭によぎる。
「今後何らかの手違いが起こるやもしれません。」
「手違い」とはあの廃墟での出来事のようなことだろうか。この一ヶ月間、どこかそういう非日常的なものを期待して放浪したが、結局、変わった何かが起こることはなかった。
「どうかお気をつけて」
確かに紳士はそう言っていた。現実的に考えれば夢の中の出来事と考えるのが妥当であろうが、夢にしてはやけにはっきりと覚えている。

もう一度あの場所へ行き、廃墟の有無を確認しても良いのだが、なぜだかあそこへはもう行くべきでないような気がしていた。

電車の規則的な揺れが眠気を誘う。
遠くに見える緩やかな丘の側面に、同じ様な白い壁をした住宅たちが並び、夕日を反射してまるでひとつの壁のように錯覚させる。
川を跨ぎ、橋を横切り、普段目にするのと変わらないような風景が流れてゆく。

座席の端の仕切りにもたれかかるようにして窓を眺める私は、いつの間にか、意識しないまま眠気に身を委ねていた。

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登場人物紹介

主人公。特徴のないサラリーマンであったが、何気ない理由から無断欠勤を繰り返し放浪をするようになる。

主人公の前に突然現れた老紳士。ただの狂人か、はたまたそれ以外の何かなのか。

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