第1話

文字数 1,037文字

んがあ、お。
山ネコのあくびが一日の始まりを告げる。
ネコとは名と顔面ばかりで、普通の感覚ならば山にしか見えないが、ここでは「なつき方がネコだから、こいつはネコ」らしい。
生演奏のラジオ体操がテンポを外す。ラジオが無いのにラジオ体操なことも、みんな気にしない。
隣の男の丸太のような腕がぶつかって、文句をつけるガリガリのもやし男の頭を、指先でつまんで列から外す屈強なパンダ。
「喧嘩は良くないよ」
落ち着いたトーンの美しい低音がパンダの口から奏られる。
マンガのような光景。ウソのような日常。酔っ払っていてもバカバカしいとわかる話。
ここ、すなわち「ゆるいあの世」では全て当たり前のことだ。

「その日は朝から夜だった」
そう呟いた女の子は、全身緑色のゆったりした服を着ている。
寝坊したわけではない。ただただヘアアクセサリーで目が塞がれているだけだ。
その出で立ちは、ざっくり言うと森ガールの服だが、森ガールと言うには動きやすさが目立ちすぎる。
よし、今日は忍び足の練習をしよう。生きてた頃には出来なかった夢を叶えよう。ニンニン。
足先からベキバキ。着地したらビシ。体重をゴリリ。ゆっくりと乗せていくガサガサ。
忍びの道はまだ先が長い。

朝のラジオ体操が終わり、みんな適当な自分の時間を過ごし始める。
子供向けの戦隊モノヒーロー番組の前で膝を抱えて映像に見入る屈強な体つきの男の頭には黒いビニール袋が被されていて、呼吸とともに膨れたりしぼんだり。その隣にはヒーローの口癖について統計を取ろうとしている、大袈裟なメガネの幼女。テレビはひとつ。チャンネルもひとつ。必ずやっている番組以外は何がやっているかわからない。生放送で住民たちが好きにカメラを動かしている。

しょぼくれたネコがヒゲと丸メガネのようなもようをした果物を高枝切り鋏で切り落とす。果物がうめく。
果物を頭頂部から割って、中身を食べて……30分のスピリチュアルな旅の後に、ネコはこう言った。
「自分を好きだという気持ちは、こんな自分も持っていいんだな!!なぜなら他人も、根拠もないのにそれで生きてるから!!」
運が良ければ救いが手に入る占いのような食べ物、それがグレナデン・ヒゲボウズ。

ここまですべて、てんでおかしなことはない。
生きてるあなたたちの感覚が、この世界ではおかしいのだ。
どんな人でも過ごしていい場所。
どんな悩みも揃っている場所。
苦痛も快楽もないまぜに、みんな受け入れてくれる場所。
それがここ、ゆるの世。
どこにも受け入れられなかった魂が集う場所。
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