1~ダイエッター

文字数 2,647文字

 ニ〇ニ一年。日本国内は、異様なまでのダイエットブームに包み込まれていた。そのダイエット方法は多岐に渡っていて、各々が開発したダイエット法をインターネットなどで公表、拡散するダイエッターの数は、日本の総人口の過半数を圧倒的に超えていた。特に人気のあるダイエッター達は、まるで芸能人のようにもてはやされて大手の出版社から自身のダイエット法を書籍化して、百万部を超えるベストセラーとなるケースも珍しくなかった。

 カリスマトップダイエッターの一人として時代の寵児(ちょうじ)と呼ばれている無敵の男がいた。彼のダイエッター名は「ジュリアン鈴木」本名は非公表だった。

 ジュリアンの考えた最初のダイエット法が多くの日本国民、特に十代を始めとする若年層に強烈に受け入れられて、そこから次第に日本全国へと拡散されていった。ジュリアンは、このダイエット法について当時のマスコミのインタビューでこう答えていた。
「まぁね。でも、このくらいじゃあ僕は満足していないよ。若者に受け入れられた?そんな事はどうだっていいんだよ。食文化の変化によって日本人の肥満率は老若男女問わず酷い事になっていたからね。なんとかしなきゃって。きっかけはそこからだったけどさ。新しいダイエット法?う~ん。まぁ、考えていないっちゃあ嘘になるけど……」

 煌(きら)びやかなスーツ姿のジュリアンは、身長一八七センチの長身も手伝って惚れ惚れする程の美しいシルエットを周囲に放ちまくりながら、普段から遂行している空気椅子の姿勢を一ミリたりとも崩さずに二時間半以上に及ぶインタビューに応じていた。

「あの……もう二時間半超えていますけど。ソファーも用意してありますので……」
 若い女性のインタビュアーは、二時間半を超えたあたりから若干プルプル震え出したジュリアンの下半身の様子が気になって用意しておいた高級デザイナーズソファーに座るようにそっと促した。

「はっ!?今何て言った?高級デザイナーズソファー?冗談じゃないよ!そんなものに頼ってしまったら今までの苦労が台無しになる事くらい君(きみ)様(さま)にだって分かるだろう!僕(ぼく)様(さま)はねえ!ダイエッターになってから一度たりとも椅子やソファーなんかに座った事も興味を抱いた事も無かったんだ!空気椅子こそが僕様にとって最も理にかなった座り心地を実現させつつ立派な筋トレにもなるマイフェイバリットなんだよ!」
 そう。ジュリアンは、自分の事を「僕様=ぼくさま」と呼ぶ特徴があった。基本的に人称全てに様を付けているようだった。「君様=きみさま」もそうだ。
 空気椅子の件でジュリアンに一喝されてしまった若い女性インタビュアーは、カリスマトップダイエッターのジュリアンを怒らせてしまった事に猛省して自らも膝上のタイトスカートを履いていたにも拘(かかわ)らず空気椅子の姿勢を保ったままインタビューを続けようとしていた。

「そ、それで……えっと!あの……」
 無理もない。この若い女性インタビュアーの空気椅子のキープ率とキープ力などジュリアンのそれと比べたら持って二分くらいか?そんなものだったろう。空気椅子の姿勢でインタビューを試みた彼女の挑戦は一分間を過ぎてから明らかに乱れ始めた。

「おいおい!僕様よりも君様の方が危険極まりないなぁ。膝が諤諤(がくがく)しているし、タイトスカートの丈が縮まってパンティも丸見えじゃあないか。しかも、可愛い顔に似合わず金のラメのパンティ履いているなんて……マイガット!!」
「あ、あの!それは言わないでください~!!」
 そう言って金のラメパンを履いていた若い女性インタビュアーは、尻餅(しりもち)をついてまるで息絶えたかのように動かなくなってしまった。

 ジュリアンの素性は、今のところ誰一人として知っている者はいなかった。金のラメのパンティを履いていた女性インタビュアーは「橋元凛(はしもとりん)」と言う名前のフリーアナウンサーだったが、ジュリアンのインタビューでの失態をきっかけにゴシップの種にされてしまい、暫くの間マスメディアから姿を消していたが、数ヶ月後に意外な形で世間の話題を掻(か)っ攫(さら)う事になる。

 ジュリアンが最初に考えた、その後の大ブレイクのきっかけになったダイエット法は、意外と簡単な発想ではあった。だからこそ多くの人々に受け入れられたのだろう。しかし、後にこのダイエット法によって発案者のジュリアン自身が窮地に追い込まれる事になる。その「副作用」は、静かだけど確実に日本国内のダイエッター達を苦しめていく事になる。


 橋元凛は、あのインタビューの失態から数ヶ月後に突然、AV女優に転身する旨を自身のインターネットのSNSから発信した。世間では様々な憶測が飛び交ったが、久し振りにインターネットから発信された現在の橋元凛の数枚の画像は、以前よりも魅惑的且つキュートな印象で、多くのネット依存男子だけに留まらず、再びこの手の話題が大好物なマスメディアから恰好のゴシップネタとして日々大々的に取り上げられた。

 橋元凛のインターネット上のSNSは、ほぼ毎日更新されていた。そこには、かなり露出度の高い画像がアップされていたり、AV女優としてデビューする事への固い決意などが丁寧に書き込まれていた。

 橋元凛は、フリーアナウンサーとしての自らのプライドを失墜させたジュリアン鈴木に対しての「復讐劇」を休んでいた期間に計画し、その計画の実行の時期を狙い定めていた。

 そして、遂に橋元凛のAV女優としてのデビュー作品のタイトルが公式ホームページで発表された。
「凛の本気」
 凡庸(ぼんよう)な期待外れのつまらなそうなタイトルだった。それでも彼女の旧知のファンやマスコミ関係者は、現実に彼女がアダルトビデオに主演女優として演技をする事に大きな期待を抱いていた。

 撮影当日。この日がAVデビューとなる橋元凛は、緊張の面持ちでスタジオ入りした。期待の新人のデビュー作品だけあって、撮影は延べニ日に渡って丁寧に行われた。全ての撮影が終了した二日目の深夜一時十五分。シャワールームから出てきた凛にスタッフ一同から「お祝い花」のプレゼントが送られた。凛は、涙を流しながら花を受け取ったが、この丸二日間かけて行った撮影の中で一体何が起こっていたのか?後にゴシップ好きの輩どもは、彼女によって度肝を抜かれる事になる。
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