旅行用地中トンネル
文字数 1,999文字
《お昼のニュースです。旅行用地中トンネルが実用化されてから、今日で一年が経ちました。》
暑苦しい六畳間に、ニュースキャスターの無機質な声が響く。
夏休み中の俺は冷やし中華を食べながら、ぼんやりテレビを見ていた。
数年前、「旅行用地中トンネル」なるものが開発され始めた。
なんでも地球を堀り抜いて各国に繋がったトンネルを作り、特殊な機械を使って人や物を量子レベルまで分解して、地中トンネルを通って目的地で再構築する事で、テレポーテーションが実現するのだとか。
その構想が公開された当初はみんな「夢物語だ」と笑っていたが、いつの日かその夢は現実となって俺たちの前に現れた。
何十万回、何千万という検証の結果、ついにそのトンネルは一般人も利用出来るようになった。
それが、一年前の事なのである。
最初こそ高額だった利用料も、各旅行会社が争うように値下げを行い、最近では格安プランも用意されている、とアナウンサーは淡々と語っていた。
「へぇ、ホントだ。三万円くらいでいけちゃうのな。」
スマホで検索すると、すぐに山のような数の予約サイトが出てきた。
せっかくの夏休みだ。食べて寝るだけで時間を潰すのはもったいない気がした。
どうせ大した予定もないのだし、旅行でもしてみるか。
そう思った俺は、早速地中トンネルを使った旅行プランを漁り始めた。
それから三日後。
俺は地中トンネル利用場に来ていた。
善は急げ。せっかく実行出来る金も時間も体力もあるのだから、なるべく行動は早い方がいい。
今回選んだプランは、なんと日本・ブラジル往復一万円という破格の安さだった。
それに地中トンネルのおかげで日帰りで日本に戻ってこられる。
飛行機を使った従来の旅行の場合、ブラジルに行くのに二十四時間はかかる。金額も十万くらいはするだろう。
それが一万円程度で日帰り旅行が可能だなんて、人類の英智様々である。
チケットを機械へ通し、受付を済ませる。
案内に従って巨大なエレベーターのような装置の前まで来ると、プシューと音を立ててそのドアが開く。
装置へ入り、側面にある荷物入れに荷物を入れる。
ここで荷物入れが開いていたり、荷物を入れずにいたりすると、量子レベルに分解された時に体と荷物が混じってしまうらしい。考えただけでもゾッとする事だ。
何度も荷物入れが閉じていることを確認した後、ホールの中心部分に立つ。
《これより、地中トンネルを通して転送を行います。》
録音された女性の声がホール内に響く。
ここからはこの音声に従っているだけで良いと、さっき職員から聞いた。
ドキドキする胸を押さえつつ、指示を待つ。
《深呼吸をして、目を閉じてください》
微笑みを含んだ女性の声に従い、俺は目を閉じた。
ゴゥン、と機械の駆動音が腹に響く。
次に目を開けたら、そこはブラジルだ。
徐々に意識が遠くなる。
ああ、楽しみだ。無事にたどり着けますように。
そう祈った瞬間だった。
バコン!と何かが折れたような音がした。
何だ、と思ったのを最後に、俺の意識は無くなった。
どのぐらい意識を失っていたのだろう。
次に目が覚めた時には、見知らぬ市街地に居た。
いや、その市街地にも俺は居たし、ブラジルにも日本にも俺は居た。でもどこにも居なかった。
様々な土地が情報として俺の中に流れ込んでくる。
しかし、動かせる足も腕もなかった。
これは一体どういう事だ。
様々な言語が、俺の存在しない耳に飛び込んでくる。
「耳」は存在しないが、聞き取ることはできる。
とても不可思議で、気持ちの悪い感覚だった。
ごちゃごちゃとした雑音の中、突如として慌てた様子の日本語が聞こえてくる。
「装置が故障して、男性の粒子が散らばって…」
装置、故障、男性、散らばる。
初めて言葉を習うように聞き取った単語を反芻し、ようやく俺は状況を理解した。
ああ、俺は量子となって世界に散らばったのか。
ならば今こうして思考できているのは何故なのだろう。
お世辞にも頭が良いとは言えない俺にはいくら考えてもわからない。
果たして俺は、死んだのか?生きているのか?
わからない。
ずっとこのまま?
いやだ、こわい、こわい、こわい……
「!!」
ガバッと飛び起きる。
目覚めたそこはいつもの六畳間で、テレビには知らないアニメキャラクターが映っている。
「ゆ、夢……?」
ドクドクと早鐘を打つ心臓を抑える。
全身汗びっしょりだ。シャツが体に張り付いて気持ち悪い。
視線を横にずらすと、ちゃぶ台の上には冷やし中華を平らげた食器がそのまま置かれていた。
どうやら食べたあと横になって眠ってしまったらしい。
「は、はは」
考えてみれば量子テレポーテーションだの地中トンネルだの、実現のしようがない。
あんなに怯えていたのがバカみたいで、思わず笑い出す。
俺はいそいそと立ち上がり、嫌な寝汗を流すために風呂場へ向かった。
《……こんばんは、夕方のニュースの時間です。
今日正午頃、日本政府は『旅行用地中トンネル』の実用化を発表しました。》
暑苦しい六畳間に、ニュースキャスターの無機質な声が響く。
夏休み中の俺は冷やし中華を食べながら、ぼんやりテレビを見ていた。
数年前、「旅行用地中トンネル」なるものが開発され始めた。
なんでも地球を堀り抜いて各国に繋がったトンネルを作り、特殊な機械を使って人や物を量子レベルまで分解して、地中トンネルを通って目的地で再構築する事で、テレポーテーションが実現するのだとか。
その構想が公開された当初はみんな「夢物語だ」と笑っていたが、いつの日かその夢は現実となって俺たちの前に現れた。
何十万回、何千万という検証の結果、ついにそのトンネルは一般人も利用出来るようになった。
それが、一年前の事なのである。
最初こそ高額だった利用料も、各旅行会社が争うように値下げを行い、最近では格安プランも用意されている、とアナウンサーは淡々と語っていた。
「へぇ、ホントだ。三万円くらいでいけちゃうのな。」
スマホで検索すると、すぐに山のような数の予約サイトが出てきた。
せっかくの夏休みだ。食べて寝るだけで時間を潰すのはもったいない気がした。
どうせ大した予定もないのだし、旅行でもしてみるか。
そう思った俺は、早速地中トンネルを使った旅行プランを漁り始めた。
それから三日後。
俺は地中トンネル利用場に来ていた。
善は急げ。せっかく実行出来る金も時間も体力もあるのだから、なるべく行動は早い方がいい。
今回選んだプランは、なんと日本・ブラジル往復一万円という破格の安さだった。
それに地中トンネルのおかげで日帰りで日本に戻ってこられる。
飛行機を使った従来の旅行の場合、ブラジルに行くのに二十四時間はかかる。金額も十万くらいはするだろう。
それが一万円程度で日帰り旅行が可能だなんて、人類の英智様々である。
チケットを機械へ通し、受付を済ませる。
案内に従って巨大なエレベーターのような装置の前まで来ると、プシューと音を立ててそのドアが開く。
装置へ入り、側面にある荷物入れに荷物を入れる。
ここで荷物入れが開いていたり、荷物を入れずにいたりすると、量子レベルに分解された時に体と荷物が混じってしまうらしい。考えただけでもゾッとする事だ。
何度も荷物入れが閉じていることを確認した後、ホールの中心部分に立つ。
《これより、地中トンネルを通して転送を行います。》
録音された女性の声がホール内に響く。
ここからはこの音声に従っているだけで良いと、さっき職員から聞いた。
ドキドキする胸を押さえつつ、指示を待つ。
《深呼吸をして、目を閉じてください》
微笑みを含んだ女性の声に従い、俺は目を閉じた。
ゴゥン、と機械の駆動音が腹に響く。
次に目を開けたら、そこはブラジルだ。
徐々に意識が遠くなる。
ああ、楽しみだ。無事にたどり着けますように。
そう祈った瞬間だった。
バコン!と何かが折れたような音がした。
何だ、と思ったのを最後に、俺の意識は無くなった。
どのぐらい意識を失っていたのだろう。
次に目が覚めた時には、見知らぬ市街地に居た。
いや、その市街地にも俺は居たし、ブラジルにも日本にも俺は居た。でもどこにも居なかった。
様々な土地が情報として俺の中に流れ込んでくる。
しかし、動かせる足も腕もなかった。
これは一体どういう事だ。
様々な言語が、俺の存在しない耳に飛び込んでくる。
「耳」は存在しないが、聞き取ることはできる。
とても不可思議で、気持ちの悪い感覚だった。
ごちゃごちゃとした雑音の中、突如として慌てた様子の日本語が聞こえてくる。
「装置が故障して、男性の粒子が散らばって…」
装置、故障、男性、散らばる。
初めて言葉を習うように聞き取った単語を反芻し、ようやく俺は状況を理解した。
ああ、俺は量子となって世界に散らばったのか。
ならば今こうして思考できているのは何故なのだろう。
お世辞にも頭が良いとは言えない俺にはいくら考えてもわからない。
果たして俺は、死んだのか?生きているのか?
わからない。
ずっとこのまま?
いやだ、こわい、こわい、こわい……
「!!」
ガバッと飛び起きる。
目覚めたそこはいつもの六畳間で、テレビには知らないアニメキャラクターが映っている。
「ゆ、夢……?」
ドクドクと早鐘を打つ心臓を抑える。
全身汗びっしょりだ。シャツが体に張り付いて気持ち悪い。
視線を横にずらすと、ちゃぶ台の上には冷やし中華を平らげた食器がそのまま置かれていた。
どうやら食べたあと横になって眠ってしまったらしい。
「は、はは」
考えてみれば量子テレポーテーションだの地中トンネルだの、実現のしようがない。
あんなに怯えていたのがバカみたいで、思わず笑い出す。
俺はいそいそと立ち上がり、嫌な寝汗を流すために風呂場へ向かった。
《……こんばんは、夕方のニュースの時間です。
今日正午頃、日本政府は『旅行用地中トンネル』の実用化を発表しました。》