第1話

文字数 587文字

何かを溶かし孕むことは、自らも変質するものである。
塩を溶かした海の水が、私たちの喉を潤すことができないように。


溶かして、混ざって。
そうして変わらないものはない。
似ているように映っても、どちらでもない何かである。




“何者でもない自分でいる”
それだけが私の生きる意味であった。
そうでなければ、私として生きることに意味はない。
そんな風に考えていた。

息苦しかった。

人に従うことすら自身の判断となり、
全ては自分の責任で、自分の罪になった。

何をするにも思考が必要であり、
思考のない選択に、自身は存在しなかった。

思考、判断、選択。
思考、判断、選択。

膨大な繰り返しの疲労の中で、次第にあらゆる選択を避けるようになっていった。

年齢を重ねるうちに、形式に従うことを求められた。
形式的なやりとりには自我はなく、決められた対応をするだけだった。

抗う余地はなかった。
受け入れることだけが社会で生きる条件だった。
疲弊した意識では、道は造れなかった。

感じる間もなく思考は鈍っていった。

日常から思考は消え、次第に自我はなくなった。
感情は規格化された評価に従い、何を欲するかは提示された。

すっかり社会を受け入れて、自身の心に浸かっていた。
思考も意味もいつだか消えて、自分なんてもの見もしなかった。


これでよかったのかなんてこと、考えたこともなかった。















「では、あなたがやりたいことは?」


「少し考える時間をください」





ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み