第1話

文字数 1,890文字

「はぁ・・・売れねえなぁ」
 渋谷のオフィスビル、片隅にある喫煙室で湊は煙草に火をつけた。
 ごちゃごちゃした頭の中をニコチンで無理矢理かきけす。将来の不安や周りの人間に対する嫉妬を煙草の煙と一緒に外へ吐き出した。


「俺、将来俳優になる。」
 中学二年生の時クラスでたった一人の友人にだけそれを打ち明けた。今はその友人も何しているか分からないが熱く応援してくれたことだけは覚えている。


 俳優を目指し始めたのはあるドキュメンタリーを見てからだ。自分の好きな俳優が某ドキュメンタリー番組に出るとのことだったのでなんとなく見ていたら役にのめり込み、空気を圧倒し、役のためなら体型すら変えていくその姿に感銘を受けた。彼のすごみに心が震えた。俺もあんなすごい大人になりたい!作品を残したい!
 親は自営業をしており俺は会社の跡継ぎのために経営学や経済学を勉強する!と東京の大学へ飛び出した。もちろん東京へ行くための口実で本心は俳優活動で一旗あげるつもりだった。


 しかし現実は甘くない。大学に通いながら俳優の仕事をするも、なかなか芽が出ることはなかった。才能のある同期は映画やドラマなどが続々と決まる中、俺は全然結果が出なかった。大学を卒業したら実家へ帰る約束をしていたがどうしても諦めきれず東京に残って俳優業を続けていた。
 離れたところに住んでいる親と何度も喧嘩した。もう少ししたら帰ると言い続けてもう2年になる。
 最初の方は焦りもあったが次第に諦めの気持ちも自分の中で増えていった。今年駄目だったらさすがに俳優は諦めよう。実家の仕事も案外楽しいかも知れない。


 そう踏ん切りをつけてから半年がたった。今年もあと半年で終わる。仕事は増えないのにため息ばかり増えるなと苦笑いしながら喫煙室から出た。
 いつもは気にならないが今日はたまたま喫煙室の隣ですくすくと育っている観葉植物が目に入った。緑が生き生きとしている名前も知らないその植物は現実がつらく煙草や酒に逃げている人間からすると心を浄化するために事務所の片隅で生きていた。

 ふと俺はその観葉植物に向かって歩き自分の背丈より少し小さい植物をまじまじとみて物思いにふけった。この植物は人間から与えられた水と蛍光灯の光で成長している。敷かれたレールの上を歩くような人生を追っていた観葉植物はまるで違う姿の自分のように感じた。
「お前、そんなに生き生きしていたんだな。」
 喫煙室の隣なのに葉っぱも大きくみるからに健康そうだ。それなのにこの植物は事務所しか世界を知らないんじゃないか?俺はこの観葉植物の本心を知りたくなった。もしかしたらな、と思い小声でしゃべりかけてみた。
『そっちの世界はどうだ?俺はお前と違って外の世界にでたからさ。煙草も覚えちまった。
夢を追って外の世界に飛び出してみたのはいいんだけどさ、時々心が折れそうになるんだよ。
なぁ、俺とお前どっちのほうが幸せなんだろうな?お前外にはでたくないか?試しに始めただけなんだけど意外と煙草も悪くないもんだ。折角なら試してみないか?一本あげるからよ。』
 観葉植物からは返事がない。チラリとポケットから煙草を見せる。もちろん反応はない。自分でも馬鹿なことをしているのは分かっている。それでも自分と違う人生を歩んだ彼と奇跡が起きるなら話をしてみたかった。




「あれ、湊さん何してるんですか?」
 突然後ろから若い女性の声がして思わずびっくりしてしまった。慌てて煙草をポケットに戻し後ろを振り返ると事務の結城さんがじょうろを持ちながら立っていた。
「あぁ、なんとなく、みてたの。」
 結城さんはへぇと言いながら隣で水をやり始めた。変なところ見られちゃったなとばつが悪そうにしていると
「湊さんもしかしたら今日いいことあるかも知れませんね。この植物幸福を与えるんですよ。ドラセナっていうんですけど。」
 今度はこちらがへぇとうなった。そうかお前は幸福をくれるのか。
「そうなんだ、俺次の仕事行かなきゃ。」
「頑張ってくださいね~」
 結城さんはこちらを見ず手だけバイバイとふっていた。きっと彼女にも幸福が訪れるのだろう。
 オフィスを出て人の隙間を縫いながら駅へ向かう。思えば東京へ来てから隙間や隅っこばっかりだ。いつか真ん中で花を咲かせる日は来るのだろうか?
 一階にある事務所の観葉植物が窓越しにチラリと見えた。片隅のドラセナよ。お前が人間なら俺が仕事へ向かうとき手を振ってくれるか?今の俺に幸福をくれるなら応援をしてもらえるってことで良いのかな?
とりあえずやれるだけやってみるよ。見守ってくれ。そう思いながら俺は渋谷の端っこを歩いた。
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