父の歪んだ愛

文字数 2,319文字

「お義父さん、あなたはよくも、ミカにあんなひどいことを」
「ミカの心を少しでも顧みることはあったのですか?」
「もちろん。私はつねにミカを見てきたよ」
「ミカから貴重な日々を奪い、心に傷を負わせたおぞましい行為だ!」
「ミカもそれを望んでいたよ」
「望む者なんかいるはずはないでしょう!」
「シンジ君、あれは愛なんだよ」
 

私は当時を回想した。あれはそう、ミカが小学3年、夏休みのときだ。
リビングでアイスコーヒーを飲む私のところにミカがやって来た。
遊んでほしいのだろうか。

「どうしたんだい、ミカ」
「お父さん、暇?」
恥ずかしそうに話す。

小柄で色白な私の天使は、あまり身体が丈夫とは言えない。もっと小さい頃はよく風邪を引いたし、いまでも体育は苦手なほうだ。
少しやせているミカは、しかし顔立ちはよく、就学前にプロの写真家にモデルを依頼されたこともあるほどだ。

「うん、今はコーヒーを飲むくらいしかしていないね。ミカのための時間はあるよ」
「そう。よかった」
少しはにかむ。
おねだりでもあるのだろうか。

ソファの隣にミカを座らせ、左手で頭をなぜ、その手をミカの左肩に置いた。ミカの上半身が私に向かって傾き、ミカの右腕が私の腹部に触れる。
華奢な腕だ。
私は身体を左に向け、ミカの顔を上から覗いた。顔立ちのよい輪郭は母親譲りだ。幼さが現れるなか、女性としては未熟だが、美人になるのは間違いない。

こども特有の大きな目が私を見上げる。
「ねぇ、お父さん、これ知っている?」
手に持ってきたそれは、雑誌の一つで、記事の写真には見覚えがある。

こういうことに興味が出てきたのか。
しかし、それもいいだろう。
「いいだろう。してみたいのかい?」
ミカはうつむいたままだった。


ミカの手両手に紐をくくり、太ももには幅広なバンドを括り付けた。
「お父さん、痛いよ」
「痛かったかい?ごめんね。でも、これくらいじゃないとね」

私はミカの両腕を上げ、模範的な体位を取らせた。手首の紐は緩やかだ。足のバンドは太ももに食い込んでいるとはいえ、それは仕方のないことだ。私はミカに足を広げさせ、ちょうどX字の形に整えた。これが始まりの形というものだ。

リビングには夕方の日が差す。カーテンはレース。外は中庭。しかし音は少し気になる。テレビをつけボリュームを適度に上げる。はじめるにはあと少し準備が必要だ。

テレビの音はミュージックに変わった。なにかのテーマ曲に似ている。これから起こることのテーマ曲にはふさわしくない明るい調子だった。
ふと、ミカを見ると、これから何が起こるか緊張している娘の瞳は、普段より大きく、少女の魅力を増させている。


はじめて5分、ミカの息遣いに耳を傾ける。最初はミカの細い腕に私の腕をそわせた。なにも分からないミカにはこれも必要だ。くすぐったそうにする顔が可愛らしい。

ミカにはいろいろな課題が与えられた。ときにミカは身体をひねらせ、その顔は苦痛に歪んだが、少女の美しさは失わなかった。激しい動きを取らないわけにはいかないときもあった。そんなとき、私は両腕で腹部に触れ、ミカが縮こまろうとするのを楽しむこともあった。

汗ばんできたミカ。息も荒くなっていく。
ほほは紅潮し、それが愛らしい。
「お父さん、もう、むり」
弱音を吐く。
しかし、そんな弱音は受け入れられない。
厳しさ、そう親の厳しさは必要だ。
「この程度でか。お前は」
「ごめんなさい…」
赤くなった顔に瞳を潤ませてしおれる様子も可愛らしい。
課題はまだ半分もいっていない。これからだ。

しかし、無理に手足を動かそうとするミカの腕はもう上がらず、手首の紐がミカの皮膚にきつく巻き付いている。これ以上は無理か。身体に痕が残っては困る。
それでは、早く終わらせよう。ミカの両手首の紐を外してやり、脚のバンドも取ってやった。


私が代わりに身体を動かす番だろう。
ミカの身体から外したものを手に取り、紐をなぞりながら、準備を始めた。
リビングの大きなテレビの前、準備を終え、私は身体を上下に動かした。それも早く、早く。

「痛い」
ミカの声を遠くに聞く。自身の手首を押さえながら、我慢するように顔をしかめていた。

私はもっと早く動いた。早く早く。
腰がいたくなるまで。

テレビの画像は次々に変わり、色とりどりの化け物が消えてなくなる。
赤、血を思わせるそれ。
それ、赤い化け物はすでにいなくなっていた。

私は右手にあるコントローラーのボタンを連射。今度は黄色の化け物が消えていった。
青い化け物が私を狙う。私は左に身体をひねらせ、テレビ画面の中で私を狙う化け物は右に逸れた。

あと少しだ。あと少しでEndingが見られる。ミカにEndingを見せてやりたい。そんな思いで体を上下に動かす。
画面は進み、ラスボスの登場。そして、渾身の右手わざが、右コントローラーのボタンを押しながら振り下ろす右手が、ラスボスの最後を導いた。


Endingは美しかった。素晴らしい曲とともに、赤い夕陽に包まれ、主人公がヒロインのお姫様に求婚するところでクレジットに移った。
この頃の流行り作品らしかった。ミカの年齢では少し早いが、大人気の作品のEndingを知っているかいないかは、夏休みに会う友人や2学期での学級での話題にも関係しよう。

私はEndingまで行った達成感と娘の学校生活を助けた高揚感に包まれ、娘を見やる。
娘は、コントローラーに付属する安全紐、そう、コントローラーを持ちながら手を振るうのでどこかに飛んでいないようにする紐が手首に付けた痕をさすりながら、こちらに細い目を向けている。

「お父さんが最後までしたら、私の出番ないじゃん」
冷めた声で言われた。

私はいまでも一緒にテレビゲームをすることを、ミカに拒絶されている。


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