第1話

文字数 1,013文字

とある日の休日。彼はマンションのベランダで酒を飲んでいた。

「ふいーっ」

彼の住むマンションに、ちょうどよい満月の光が当たる。

それを眺めつつ彼はグラスの酒をくいっと飲み干した。

もう一杯、と酒の缶に手を伸ばそうとして、どこかが開く音がする。

「ん……?」

見ると隣の部屋の女性が、彼と同じように缶をいくつか持ってベランダに出てきていた。

「あら……?」

「どうも」

気づいた女性に彼は軽く返事をする。

「こうして顔を合わせるのは珍しいですね」

「そうですね。普段は仕事で夜遅くまでいないんで」

お互いに酒を口に運びながら、たわいのない雑談が続く。

「それでですね――」

「へえ、そうなんですか」

酒が進み酔いが回り、二人は饒舌になっていく。

そんな二人を満月の光が照らし続ける。

その月を見て女性は口をそっと滑らせ言った。

「月が綺麗ですね」

それを聞くと彼はためらいもせずに言い返す。

「貴女ほどではないですよ」

月を見ていた二人が目を合わせる。

「からかわないでください」

女性は冗談ぽく微笑みながら言った。

しかし彼はベランダ越しに近づくと

「僕は本気です」

女性を見つめてはっきりと言った。

「以前、僕がケガをしたときにハンカチを貸してくれましたよね」

「そんなこともありましたね」

「それに――」

「待って!」

女性が彼の言葉を遮る。

「わたしもお礼が言いたいのです」

「お礼……?」

「貴方は覚えていないかもしれませんが、以前にわたしが暴漢に絡まれていた時、貴方が助けてくれました」

彼は記憶を探り思い出す。

「あっ、あの時の」

「わたしはあの時の人をずっと探していました。こんなに近くでお酒を飲んでるなんて」

「それはこっちのセリフですよ」

二人は互いに笑った。

「だいぶ遅くなってきましたね」

「また会えますか?」

「もちろん。隣ですよ?」

「でも仕事でいないと……」

「明日は日曜日ですから。僕もちゃんと家にいます。貴女がよければ明日も会えます」

「ええ、その……。明日も会いたいです」

「僕もです。お姫様」

満月が二人を照らし続ける。

少しの間、彼らは見つめあった後、お互いに空き缶を片付け部屋に帰っていく。



翌日。

彼の部屋のチャイムが鳴った。

「は~い……」

彼は寝ぼけ眼で玄関の穴を覗く。

そこには自分と同じように酒を飲んでいたにも関わらず元気そうな女性の姿があった。

男は昨日のことが酔いつぶれた時の夢じゃないと気づき、急に恥ずかしくなる。

それと同時に慌てて着替え見た目を整え、玄関を開けに行くのだった。
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