第1話
文字数 1,965文字
「ねぇ、店長。俺、思うんスけど」
開店前に店内の床を掃除していたアルバイトの男が声を上げた。
「古本屋って、なんかひどい商売ッスよね」
その言葉にカウンターでレジのお金を数えていた店長のこめかみがぴくりと反応する。
「お前、面接の時。”漫画を定価で買うより、安く売ってくれるから良いなって思ったんス”とか言ってなかったか?」
「面接ん時はそう思ってたんスけど。最近、友達が小説を書き出して。全然、プロとかそんなんじゃないんだけど、すっげぇ大変で。呑みの誘いも全部断って執筆。それだけの努力して書き上げたものが……1回人の手に渡ったからって、安くなるのって違うなって」
アルバイトの男は掃除を終え、バックヤードに掃除道具を片付けにいきながら言った。
「バイトくんでも、そんなこと考えたりするのねぇ。」
トイレ掃除を済ませてきたパートの女が微笑ましそうに口を挟む。
「バイトくんでも、ってなんか俺。軽く扱われた感じがするッス」
ハタキを手にもどってきたアルバイトの男は拗ねたように言い、頬を膨らませた。
「自分の行動を振り返ってみなさい。人からまともに扱ってもらえる行動してる?」
パートの女は満面の笑顔で言うが、アルバイトの男を見る目は笑ってない。
「あ~、説教は要らないッス。これが俺の個性なんで。接客ん時はちゃんとしてるからいいっしょ」
アルバイトの男はめんどくさそうに首を振った。そのまま棚に並んだ本の背表紙にハタキをかけ、埃を落としていく。普段と違い、一つ一つの動作を丁寧に、慈しむような動きで払って行くのを見て店長は感心したように息を吐いた。
本棚の端から端までハタキをかけ終わったアルバイトの男が言う。
「これ、全部作者が違う……。本1冊作るにしても、編集者や担当や印刷所とか、表紙絵をデザインしてくれる人とかたくさんの人が関わってて。中身を書くのだって、何十、何百時間もかかる……本っていわば人生っすよね」
アルバイトの男はそう言うと、近くのワゴンで投げ売られるのを待っている本を辛そうに見た。
「作家になるのを夢見て書いて。ようやく掴んだ栄光の墓場って感じちゃうッス」
「お前なぁ……」
レジ台を拭いていた店長が手を止め、怒ったような声を出す。
「バイトくん、バイトくん」
店長の声を遮るようにしてパートの女が言う。
「これ、いくらだと思う?」
パートの女が手にしていたのは全体的に紙が茶色く変色し、表紙も退色した本だ。
「ワゴンに入れるッスか?」
アルバイトの男はその本に手を伸ばし、ワゴンにおさめようとする。
「おい!それをワゴンに入れたらウチは大損害だ」
店長が慌てて口を挟んだ。
「え?」
アルバイトの男は目を丸くしてしげしげとその本を見た。やがて国語の教科書で見たことのある著者名に気付き、小さく驚きの声を上げる。
「ふふふ。初版本よ。こういう出会いはここでしか提供できないでしょ? バイト君。このレベルの作家になるのを楽しみにしているわよ」
パートの女は悪戯っ子のように笑うとその本を鍵付きのガラスケースにしまった。
「もちろんっス!」
威勢良く返事をしたアルバイトの男は自らが”友達の話”として話していたのを失念しているようだ。
パートの女は店長にだけ聞こえる声で、
「ごめんなさいね。本当は、店長がblogでやってるみたいに価格だけじゃない古本屋の価値……。絶版になった本を見つけた瞬間の笑顔や、発売から何年も経って急に注目集める本があるだとかを伝えたかったのだけど」
ペロリと舌を出して続けた。
「まだバイト君には、早いかなと思って分かりやすい話だけしちゃった」
「……お気遣いに頭が下がります」
店長はしみじみと言葉にして頭を下げた。このパートの女性が間に入らなかったらきっと不毛な言い合いに発展していただろう。
パートの女はハッと何かに気づいたような顔をして、それからクスクスと笑った。
「何かおかしかったですか?」
店長が不思議そうに尋ねる。
「いえね、バイト君。採用された頃は、”文章なんて眠くなるだけッス。”とか言ってたのに、自分で書き出すなんて」
パートの女は言うと本棚を見て続けた。
「作者や読者の熱気に、いつのまにか当てられたのかなぁ……なんてね」
「この棚に並ぶのはどれも誰かを1度は夢中にさせた本ばかりですからねぇ」
店長はそう言って笑顔で頷き、切り替えるように声を張った。
「それじゃあ今日も、本と人の出会いを大切に。営業開始しましょうか」
目を輝かせたアルバイトの男が拳を突き上げて気合いを入れる。
「よろしくお願いします」
パートの女は柔らかく笑って、店の自動ドアのスイッチを入れた。
開店前に店内の床を掃除していたアルバイトの男が声を上げた。
「古本屋って、なんかひどい商売ッスよね」
その言葉にカウンターでレジのお金を数えていた店長のこめかみがぴくりと反応する。
「お前、面接の時。”漫画を定価で買うより、安く売ってくれるから良いなって思ったんス”とか言ってなかったか?」
「面接ん時はそう思ってたんスけど。最近、友達が小説を書き出して。全然、プロとかそんなんじゃないんだけど、すっげぇ大変で。呑みの誘いも全部断って執筆。それだけの努力して書き上げたものが……1回人の手に渡ったからって、安くなるのって違うなって」
アルバイトの男は掃除を終え、バックヤードに掃除道具を片付けにいきながら言った。
「バイトくんでも、そんなこと考えたりするのねぇ。」
トイレ掃除を済ませてきたパートの女が微笑ましそうに口を挟む。
「バイトくんでも、ってなんか俺。軽く扱われた感じがするッス」
ハタキを手にもどってきたアルバイトの男は拗ねたように言い、頬を膨らませた。
「自分の行動を振り返ってみなさい。人からまともに扱ってもらえる行動してる?」
パートの女は満面の笑顔で言うが、アルバイトの男を見る目は笑ってない。
「あ~、説教は要らないッス。これが俺の個性なんで。接客ん時はちゃんとしてるからいいっしょ」
アルバイトの男はめんどくさそうに首を振った。そのまま棚に並んだ本の背表紙にハタキをかけ、埃を落としていく。普段と違い、一つ一つの動作を丁寧に、慈しむような動きで払って行くのを見て店長は感心したように息を吐いた。
本棚の端から端までハタキをかけ終わったアルバイトの男が言う。
「これ、全部作者が違う……。本1冊作るにしても、編集者や担当や印刷所とか、表紙絵をデザインしてくれる人とかたくさんの人が関わってて。中身を書くのだって、何十、何百時間もかかる……本っていわば人生っすよね」
アルバイトの男はそう言うと、近くのワゴンで投げ売られるのを待っている本を辛そうに見た。
「作家になるのを夢見て書いて。ようやく掴んだ栄光の墓場って感じちゃうッス」
「お前なぁ……」
レジ台を拭いていた店長が手を止め、怒ったような声を出す。
「バイトくん、バイトくん」
店長の声を遮るようにしてパートの女が言う。
「これ、いくらだと思う?」
パートの女が手にしていたのは全体的に紙が茶色く変色し、表紙も退色した本だ。
「ワゴンに入れるッスか?」
アルバイトの男はその本に手を伸ばし、ワゴンにおさめようとする。
「おい!それをワゴンに入れたらウチは大損害だ」
店長が慌てて口を挟んだ。
「え?」
アルバイトの男は目を丸くしてしげしげとその本を見た。やがて国語の教科書で見たことのある著者名に気付き、小さく驚きの声を上げる。
「ふふふ。初版本よ。こういう出会いはここでしか提供できないでしょ? バイト君。このレベルの作家になるのを楽しみにしているわよ」
パートの女は悪戯っ子のように笑うとその本を鍵付きのガラスケースにしまった。
「もちろんっス!」
威勢良く返事をしたアルバイトの男は自らが”友達の話”として話していたのを失念しているようだ。
パートの女は店長にだけ聞こえる声で、
「ごめんなさいね。本当は、店長がblogでやってるみたいに価格だけじゃない古本屋の価値……。絶版になった本を見つけた瞬間の笑顔や、発売から何年も経って急に注目集める本があるだとかを伝えたかったのだけど」
ペロリと舌を出して続けた。
「まだバイト君には、早いかなと思って分かりやすい話だけしちゃった」
「……お気遣いに頭が下がります」
店長はしみじみと言葉にして頭を下げた。このパートの女性が間に入らなかったらきっと不毛な言い合いに発展していただろう。
パートの女はハッと何かに気づいたような顔をして、それからクスクスと笑った。
「何かおかしかったですか?」
店長が不思議そうに尋ねる。
「いえね、バイト君。採用された頃は、”文章なんて眠くなるだけッス。”とか言ってたのに、自分で書き出すなんて」
パートの女は言うと本棚を見て続けた。
「作者や読者の熱気に、いつのまにか当てられたのかなぁ……なんてね」
「この棚に並ぶのはどれも誰かを1度は夢中にさせた本ばかりですからねぇ」
店長はそう言って笑顔で頷き、切り替えるように声を張った。
「それじゃあ今日も、本と人の出会いを大切に。営業開始しましょうか」
目を輝かせたアルバイトの男が拳を突き上げて気合いを入れる。
「よろしくお願いします」
パートの女は柔らかく笑って、店の自動ドアのスイッチを入れた。