朝焼けの一服

文字数 1,500文字

 湾岸線の路肩に愛車のフィアットを駐車し、今回の獲物が入った封筒を朝焼けに翳して眺める。
「まったく、なにがそんなに大事なんだ。そんな紙切れ一枚。お宝の地図かなんかか?」
「いいや。こいつにはお宝の場所なんて書いちゃいないし、こいつに比べたらトイレットペーパー1ロールの方が値段も実用性も高いだろうさ」
「おいおい、そんなもの為にあんなに大がかりなことをやったのか?」
「わかっちゃいないな。お宝ってのはそいつの価値があるからお宝じゃねえ。そいつにロマンを感じるからお宝なのさ」
「へっ解りたくもねぇな。おりゃあそんな紙切れよりバーボンの方がいいぜ。ったく、少し寝るぜ」
「あぁ、おやすみ相棒」

 帽子を目深に被って助手席を倒し眠る体制に入る相棒。こいつは何だかんだいいながらも俺の盗みに長年付き合ってくれている頼れる相棒だ。
 確かに相棒の言う通り、今回は赤字だけで言えば大赤字も大赤字。億以上の金がこのなんの価値もない紙切れに変わった。
 今回のお宝の場所は、高級マンションの最上階にあるそのマンションのオーナー宅であった。マンションに入るにはまず警備員のいる受付を通り、さらにそのエントランス部分にあるゲートで虹彩認証と指紋認証を行い、やっとゲートを通過できる。最初は業者に変装して入ろうかとも思ったが、業者の動向はセキュリティーチェック機能がついたデバイスを携帯させられる為、困難であった。
 次に、マンション全体の電源を落とし、セキュリティーをダウンさせる作戦やいっそ火事などの災害用使われる緊急解除装置を作動させることも頭を過ったが、あまりスマートではないので却下。

 ではどうやってこの強力なセキュリティーを掻い潜ったか。意外にも金と少しの伝さえあれば簡単な話だ。自分自身がマンションの住人となればいいのだ。無論、架空の人物に成り済ませてであるが。指紋にしろ虹彩にしろ、悪意があれば実のところあれらのセキュリティーは掻い潜ることは難しくない。要は登録時にでっち上げた物を登録してしまえば、あとはそれで入ることができるし、仕事が終わればそれらのでっち上げたものを破棄すれば、マンションを購入した架空の人物は永遠に消え去ってしまうのだ。億もするマンションでそんなことをする人間はまずしないであろうが。
 ゲートまで通ってしまえば意外にセキュリティーは甘くなるもので、部屋に入るにはカードキーと暗証番号のみ。カードキー等はそれ専門の業者があるほど突破は容易であるし、暗証番号は指紋の位置で大方の使われている番号さえわかればあとは指紋がボタンのどの位置に片寄っているかで前後の番号を割り出せるし、ターゲットの個人情報から導かれる数字と擦り合わせればある程度のあたりはつく。人は日常の癖を隠せないし、暗証番号はあれだけ個人情報とは別の物を使うようにと言われても忘れるリスクが頭を過り、つい使ってしまうものだ。

 咥えていた短くなったタバコを灰皿にいれ、新しいタバコを咥えながら相棒を揺する。
「さぁてと。そろそろ出発するぜ相棒」
「んぁ? あぁ。で、結局そいつは何なんだ?」
「これか? これはラブレターさ。その昔、とあるコソ泥が美しい少女に宛てた、な」
「なんでそんな物をまた」
「人はいつまでも思い出にかじりついて足踏みをしていちゃあいけないのさ。さ、そんなことより次のお宝は『女神の涙』だ」
「なに!? あの幻の酒がか。こうしちゃあいられねえ!」

 シガーライターで新しいタバコに火をつけ、そのついでに紙切れにも火を灯す。じりじりと燃えていくその紙を灰皿にしまうと、車を発進させた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み