第1話

文字数 1,964文字

 月並みな出会い方だったと思う。

 高二のクラス替えで同じクラスになって、出席番号順の座席で偶々隣合った。

 君は特に顔が良いというわけではなかったし、クラスの中心に立つようなタイプでもなかった。特別不細工なわけでも、友達が居ないわけでもなかったけれど。

 ある日、担当教師の都合で授業の入れ替えがあって、君がそれをうっかり忘れてて、隣の席だった私が教科書を見せてあげることになった。

 授業が終わった後、君がお礼にと言って自動販売機でジュースを買ってきてくれた。初めて飲むジュースだった。でも不思議ととても口に合った。どうしてこれを買ってきたのと聞いたら君はいつも飲んでるやつに似てるから、好きかなと思ってとか言っていたね。あぁ、この人は人のことを良く見て考えている人なんだなと思ったのがきっかけだったと思う。

 その日から君と話すようになった。他愛の無い話が大半だったけれど。

 夏になると私が通っている塾に夏期講習に来たりして、秋になってもそのまま通うことになった。私も君も夜遅くまで塾にいたから、タイミングが合えば途中まで一緒に帰ることもしばしばあった。帰り道で偶に君があの時と同じジュースを奢ってくれたりもした。そんなことしなくても自分で買ったのに。

 ある日の帰り道、途中にある小学校に植わっている紅葉が街灯の灯りに照らされてとても綺麗だった。あまりにも綺麗だったから二人でスマホのカメラで写真を撮った。それから二人で何か素敵な物に出会う度に写真に収めることが習慣になった。

 それは雪で白く染まった街並みだったり、桜が散る様だったり、凛と伸びる春紫苑だったり、雨に濡れた紫陽花だったり、清らかに流れる川だったり、偶然近くで上がった花火だったり、青空を背景に休む赤蜻蛉だったり、銀杏並木の黄色い絨毯だったり、合格を祈った神社だったりした。

 君は写真を撮るのに夢中で気づいていなかったと思うけれど、私は毎回写真を撮る君の姿を一枚だけ切り取っていた。何かに夢中になっている姿が、とても綺麗に見えたから。

 努力の甲斐あって、二人とも地元では一番の国立大学に合格することが出来た。私達の地元は大学からは少し遠かったから、二人ともアパートを借りることになった。

 別に付き合ったりしてるわけじゃなかったから、二人とも大学に程近いアパートをそれぞれ家族と選んで借りただけだけれど。

 大学では学部が違ったから当然クラスは違ったけれど、一般教養は一緒に受けたりした。君は実家があまり裕福ではなかったから掛け持ちでバイトをしていて偶に寝坊して一限に間に合わなかったりした。欠席した時は私がレジュメをあげたりしていたのだけれど、そんな時君は今度お礼にカフェ奢るとか、ご飯奢るとか言ってお互い講義の無い時に連れて行ってくれた。そんなことをするくらいなら遅刻しなければ金銭的には得だと思ったけれど、二人で電車に乗って街に出かけるのも、お洒落なお店で時間を切り取るのも、美味しい食べ物に舌鼓を打つのも、どれも好きだったから敢えて言いはしなかった。

 前期の試験が終わった時、二人でお酒買って打ち上げしようってことになった。お酒は君が買ってきてくれて、私は摘まめるもの、とは言っても普通の食卓に並んでも違和感が無いものを作って待っていた。

 お酒が入っても君は君で、私は私だった。普段と大きくは変わらなかったが、全く同じと言うわけでもなかった。君はいつもより二割増しで楽しそうで、私は少し浮ついていた。

 日付を跨ぐ頃、君はそろそろ帰るから片付けを手伝うよと言った。別にそんなの明日だって良いのにと思いながら空き缶を洗ってレジ袋に入れた。二人ともそれなりに酔いが回っていたし、お皿は割っちゃうと嫌だなと思って明日洗うからそのままにしてと言った。帰り際の玄関で、今日は本当に楽しかった、また飲もうぜ親友と言って君は帰って行った。君は何も気づいていなかったし、私はまたねと見送ることしか出来なかった。

 私は地元に帰り、君は夏休みは稼ぎ時だからと言って帰らなかった。正直気まずかったから助かったと思った。何を変えたら鈍感な君に気づいてもらえるのか、服装か、化粧か、態度か。そんなことを考えながら地元に帰って一週間が経った頃、君が死んだという知らせが入った。

 バイトからの帰り道に、同じ大学の学生が飲酒運転した車に轢かれたとのことだった。

 君は悪くないし、私も悪くなかった。でも後悔しかなかった。あの二人で飲んだ日でも、それまでのどこでも、私がもう少し勇気を出していればこんなことにはならなかったんじゃないかと。

 泣きながら思い出を辿った。二人で見た風景、二人で食べた食事、それらを映す君の姿。私が愛してやまない理想郷がそこにあった。二人だけのユートピアで、君と生きたかった。
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