第1話 疑惑

文字数 962文字

 彼女が浮気をしているようだ。

 そう勘繰り始めたのは深雪(みゆき)から俺以外の男の匂いを感じ取る頻度が増えたからだ。

 彼女の柔らかな髪の一本一本。

 思わずキスをしたくなる白い頬。

 優しいぬくもりで俺に触れる手。

 脱ぎ捨てた衣服。

 彼女の体のあちらこちらから、知らない男の存在が俺を嘲るように主張する。

 深雪はオレのものだ、お前のものではない、深雪はオレを愛しているのだ、と。

 出会ってすぐ恋に落ち、一緒に住むようになってから三年が経っていた。

 俺は深雪の心変わりの原因はこの三年という時間にあるのではないかと思っている。

 いつか二人でソファーに座り、テレビを見ていたときのことだ。

 俺は自分の体の一部と彼女の体の一部が触れ合っていないと落ち着かない性分のため、そのときも深雪に寄り添っていた。

 番組は脳と科学を特集したサイエンスミステリーで、青い瞳に白髪頭の胡散臭そうな脳科学者がもっともな顔をして断言した。

「人の恋愛感情は三年しか維持できない」と。

 脳科学者によれば、恋愛は脳内麻薬と呼ばれる神経伝達物質ドーパミンが過剰に分泌されることにより引き起こされる脳の異常状態で、ドーパミンの分泌期間がだいたい三年であるから、恋にはいずれ終わりが訪れるという。

 それを聞いたとき、俺は鼻で笑った。

 なぜなら、俺たちの恋愛は太陽が嫉妬するほど燃え上がっていたところだったし、二人の関係に終わりがやってくるなんて遠い異国の出来事のようで現実味が持てず、これは私生活でパートナーとの冷えきった関係に思い悩んだ脳科学者による妬みなのだと受け止めた。

 俺たちの愛は永遠なのだ、終わりなどやって来るはずがない。俺の彼女への愛は永遠だから、彼女の愛も永遠に違いない。人の気持ちは簡単に変わらないと、俺はまだ若気の至りとでもいうべきか、根拠のない自信に胸を張り、無邪気に高を括るほどの余裕があった。脳科学者は朝の情報番組の占いよりも当てにならないと。

 しかし、脳科学者の言葉が心のどこかで地球滅亡の予言のように暗い影を落としていたのも事実だった。

 だから、深雪から他の男の存在を感じ取ったとき、ついに脳科学者の予言が当たったのではないかと疑った。

「ほら見たことか。ワシの言うとおりになったじゃないか」

 俺の脳に三年間も住み着いていた脳科学者が不敵に笑った。
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