文字数 827文字

ここには「紙」と呼ばれる物体が、たくさんある。
紙は、かつて人間が、主に情報媒体として使用していたという物体だ。
現代では、滅多に見かける事はない。

そんな情報媒体を。今日は、どの本を読もうか。
本棚に並んでいる本の中から、適当に一冊を手に取る。
これは「小説」と呼ばれるものだ。人間が生みだした物語が描かれている。

パラパラと順番にページをめくる。
一度、文字たちが目に入れば、一瞬で記憶できる。そして、忘れる事もない。
それが、僕たちロボットの特性のひとつだ。

しかし、僕はもうあちこちガタが来ているので、一瞬では記憶できない。
覚えても、忘れる事もある。そんな僕は「人間みたいだね」と周りに笑われる。
でも、人間のようだと言われる。それが僕は何より嬉しいのだ。

もしかしたら、この本も、つい最近で読んだ本だったかもしれない。
それにしても、なんて繊細で、そして奇抜な話なのだろうか。よく思いつけるものだ。
感心しながらページをめくっていると。

ひどく汚れたページが現れた。ページ全体にひどい染みがついている。
何の物体が染み込んでいるのだろうか。紙の表面の空気を吸い込み、成分を分析する。
なるほど。これは「コーヒー」のようだ。人間の嗜好品のひとつである。

コーヒーをこぼした人間の、その当時の光景を思い浮かべる。
誰がこぼしたのだろう。子供だろうか。大人だろうか。僕のような老人だろうか。
こぼして、しかられたのだろうか。それとも、しかってくれる人もいなかっただろうか。

そんな感じで、さまざまな情景を思い浮かべる。
こんな時、僕は人間になれたような、近づく事ができたような気がするのだ。
僕は人間が好きだ。そして、人間が使っていた「紙」が、好きだ。

そこまで、ノートに文字を書き込むと、オレは背中を伸ばした。
リレー小説の冒頭、書けたよ。あとは任せた。
そう伝え、テーブルを挟んで座っていた目の前の後輩に、ノートを手渡す。

「お疲れ様でした……って、コーヒーなんか飲んだら、錆びちゃいますよ。先輩」
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