文字数 994文字

 小学校低学年の頃にユウタの父親はいなくなった。よく覚えてはいないが、実際に母からはそう聞かされている。
 確かにその時々に起こった出来事を振り返ってみても、幼稚園以後から現在に至るまでの記憶の中に、父親の姿は見当たらない。
 その辺りの事情を、ユウタが母に深く訊ねることはない。質問したところで母が真面目に答えてくれるはずはないし、答えてくれたとしても、それでなにかが大きく変わることもないからである。
「どこ行ったんだろうね、アンタのお父さん」
 と、叔母はよく言って笑う。
 こんなシリアスな家庭の問題でも、叔母は特に気にすることなくあっけらかんと冗談を飛ばすのだった。
 皮肉なことではあるが、自分の父親と母親の離別のおかげで、叔母との距離が近くなったのも事実だった。
「ユウタは将来、お金持ちだね」
 小学五年生の時、男性用シャンプーと洗顔クリームの高価な一式を叔母からプレゼントされた。その頃はちょうどニキビなどがぽつりぽつりとでき始めた頃で、それをどう治そうかと悩んでいる時期だった。
 そのプレゼントを叔母から手渡される際に、ユウタは件の言葉を受けた。まだうまく喋れず、終始おどおどするユウタに、叔母は彼女なりの方法でコミュニケーションを取ろうとしたのだ。
 その時の叔母とのやり取りは、今でもはっきりと覚えている。飾り気のない彼女の所作は、けれどいちいち美しく、そしていちいち艶やかだった。その妙に歪でアンバランスな叔母の魅力が、当時小学生だったユウタには堪らなく刺激的だった。
 ユウタはその日、生まれて初めて自慰行為を行った。それらに関する知識などは持ち合わせていなかったが、しかし身体と指が自分の意思とは無関係に動き、ユウタは風呂場の中で自らを汚した。
 全てを終えた後、ユウタは激しい自責の念に襲われた。つい先程叔母からもらったシャンプーを、こんな形で使ってしまったのである。
 ユウタは呻いた。苦しい。これはいけないことなんだ。そう頭では理解しているのに、しかし自分の身体と指が一向に止まらない。
 朦朧とする意識の中で、ユウタはふと顔を上げ辺りに視線を走らせた。その時視界の隅に捉えたのは、先日母が人からもらったという使用期限切れの外国製ボディソープだった。
 それを見つめながらユウタは叔母を想った。そして誰もいない静かな浴室で、虚しい声を上げながら激しく性の快楽を貪り続けたのだった。
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