In The Mirror

文字数 1,981文字

 わたしは今、クラスで人気者——と言って差し支えない地位にいる。
 自分で言うのもなんだが、明るい性格のおかげで気楽に接してくれるクラスメイトが多い。先生もわたしを信用しているし、日々の学校生活はすごく楽しいものになっている。
 でもそんなわたしの学校生活に影を落とす友達がいる。


 二年ほど前、私は一人きりだった。クラスではいてもいなくても気づかれず、特に困らないような存在。挨拶をしてくれる人もいなければ、気にかけてくれる友達もいない。そんな味気ない日々が続いていた。
 私は友達が欲しかった。ひとりぼっちなんて嫌だった。
 でもどうすればいいのか分からなかった。何をしたら仲良くなれるだろう。喜んでくれる人ができるのだろう。友達ができるのだろう。
 そうだ。挨拶をしよう。大きな声で話そう。
 そう決めても続かなかった。恥ずかしくて。周りから引かれるのが怖くて、考えたとしても結局何もできなかった。
 そんな時、ある人が私に話しかけた。学校でお手洗いに行ったときだ。その人は鏡の中に住んでいて、私はその人をミカと呼んだ。ミカはわたしのアドバイザーになった。
「まず、クラスメイトじゃなくて先生を意識してごらん」
 ミカは言った。
「君が恥ずかしがるのは同年代からの視線が気になっているから。教師にならちゃんと話せると思う。返事をはっきりするとか、そう言うことから始めてみたら?」
 あっ、その発想はなかったかもしれない。友達を気にしすぎてそこまで頭が回らなかった。
 ミカにお礼を言って教室に戻り、私はそれを早速実践した。
「はい」
 まずはっきり返事することを始めた。
 ミカに言われたからできているのだろう。自分で思いついたならこんなに上手く行かなかったはずだ。
 そんなことを考えながら、当てられた時の受け答えや返事をはっきりすることを続けた。
 そうすると周りから話しかけられることがあった。徐々にその人数は増えていった。そして新しい問題が浮上する。
「友達との関係がうまくいかないの」
 その心配事も私はミカに打ち明けた。
「君は自己主張が激しすぎる。もっと他人の話を聞くべきよ」
 あまり人と話したことがなかったため、他人の意見はずっと必要なかったが、話してみて私と全然違う意見の人がいることに驚愕した。
 なんでクラスメイトはそう考えないんだろう。
 そう不思議に思ったことは全てミカに聞いた。彼女は分かりやすく、完璧に私の悩みに答えてくれた。
「これはどうしたらいいの?」
「どうしてそうならないの?」
 質問を重ね、ミカのアドバイスを実践するにつれ、私は友達と呼べる存在が増えた。それとともに彼女に聞かないと失敗するような気もしてくる。
 私はミカにどんどん依存していった。
 今までは学校の洗面所や家の鏡を通して彼女と話していた。でも気がつくと、通学途中、授業中、家に帰ってからも。私は常に彼女がいないと心配になってきた。
 これで大丈夫だろうか。どうすればいいのだろう。
 以前は私が勝手に決めていたから失敗した。ミカにちゃんと聞かなかったから孤独になっていった。でも今は違う。そう思った。
 私は常に小さな鏡を持ち歩くようになった。まるで携帯電話を持たずに外出することを嫌がる人々のようだ。私にとっては小さな手鏡がスマートフォンだった。

 
 そんな日が続いたある日。目が覚めて、辺りを見回そうとして私は違和感を覚えた。何か、おかしい。
 視界の中で鏡を探す。早くミカに聞かなければ。何か落ちつかない。どこがおかしいのかも分からない。
 少し焦った感じで手鏡を探す。そのために手を伸ばそうとした。
 あれ。
 手が動かない。顔を動かそうとする。
 動かない。
 まるで私の体が私のものでなくなったかのような感覚。
 そこまできて私はやっと違和感の正体に気づいた。それは私の視界が思い通りに動かせなかったから。撮られた動画を見るように変えられない視点にもどかしさを覚えていたのだ。
 私の体は勝手に動き始める。自分の意思の介在しない五感の変化に気持ち悪さを覚えるが、それと関係なく私の体は動く。服を着替え、食事をし、家を出て学校に向かう。一日が終わる頃には不本意に揺れ動く視界にも慣れてきた。
 そして私の体が鏡を向いた時、ミカに話しかけた。
「何が起こっているの?」
 ミカに聞けば答えをくれると思ったのだ。
 しかし彼女はすごく不快そうな顔をして鏡から顔を背けてしまった。どうしてそんな顔をするの。私の不安はどんどん膨れ上がっていく。
 でも、ミカが答えてくれなければどうしようもない。
 そして勝手に動く私の体は、手鏡を捨てた。そして鏡に近付かなくなった。


 楽しい一日を終え、家に帰ったわたしはふと姿見に目を向けた。そこには私の姿が映っている。
「何故お前だけ」
 恨めしそうに“私”は言う。
 彼女は“わたし”の

友達だ。
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