平凡なデコレーション
文字数 2,054文字
「どうだろうサトウ君、こんなもんで」
閉店後の書店で、店長が新作コーナーのデコレーションを僕に見せる。
「うーん、ちょっと平凡かもしれないですね」
「そっかぁ、むずかしいなぁ」
僕はサトウカズトシ、大学3年生。校舎に近いこの書店でバイトをしている。書店と言っても文房具なども扱っているそれなりに大きい店だ。秋の新作フェアにむけて店長が売り場の飾りつけをあれこれ考えている。
経済学部でマーケティングの勉強をしている、と言っただけで店長はしょっちゅう僕に相談をしてくる。そのたびに一応それなりの返事はするけれど、正直自信なんてない。まわりの多くの同級生と同じように、何となく選んだ学部で何となく学んでいるだけだから。
上京してきて一人暮らし、母子家庭で田舎には母親しかいないから仕送りは期待できない。学費も生活費も自分で稼がなければならないので、授業後はほぼ毎日この書店で閉店まで働いている。だからクラスメイトのように皆で遊びに行ったりはできないし、カノジョなんてもってのほかだ。
そんな毎日に大きな不満は無いけれど、満足もしていない。もうすぐ就職活動も始まるというのに、自分にはきちんとした夢も希望も無い。
そして昨日と同じ今日。今日と同じ明日。何も起きない日常。
刺激の無い毎日にくすぶっていた。
ウチの書店に半年ほど前から良く来るようになった常連客がいる。同じ大学の2年生、ハスミ君だ。彼とはゼミも同じで、入ったばかりなのに積極的に発言するやる気充分の好青年だ。とある会社の社長の息子だとかで羽振りも良い。
今日もハスミ君がやってきた。いつものようにキリッとした服装だ。レジでいかにもデキるビジネスマンが読むような月刊誌を差し出す。
僕はバーコードを読み込みながら話しかけた。
「いつも勉強してて偉いね」
彼はハキハキとした笑顔で答える。
「いえ、そんなことないですよ・・・やりたいことがあるんで」
「へえ、どんな?」
「親が会社をやっているんですが、そこには行きたくないんで起業したいんです。決められた人生がイヤで・・・自分らしく生きたいんです」
もう一人、この2週間ほど毎日のように店にやってくるお客さんがいる。背の低い、ショールを羽織ったお婆さんだ。といってもそこまで年寄りというわけでは無く、5~60代といったところだろうか。毎日いつも長い時間をかけて婦人誌をひと通り立ち読みした後、お孫さんに頼まれたのだろうか、ノートや消しゴムを買って帰る。いかにも優しそうな人で、レジの僕にいつも
「学生さん?大変ねぇ」
などと話しかけてくれる。その笑顔は実家の母親を思い出させた。
そんなある日、いつものようにハスミ君がやってきた。ビジネス書のコーナーで熱心に本を探している。お婆さんもやってきた。いつものように婦人誌コーナーで立ち読みをしはじめる。見慣れた光景だ。
僕とハスミ君は何から何まで違う。年下だがキラキラ輝いて見える。非凡とは彼みたいな人物をいうのだろう。
それに比べて僕は平凡な、しがない大学生。
一体僕には何が足りないのだろう。
夢?希望?努力?
それとも家柄だろうか?彼とは境遇が違うから?
僕も何か変わらなければならないのだろうか・・・。
そんなことをぼんやり考えている間に、ハスミ君は何も買わずに店の外へ出て行った。
すると突然、お婆さんが信じられないようなスピードで駆け出し、店先でハスミ君を呼び止めた。
彼女が何か話をしたあと、2人は店内に戻ってきた。そしてそこに店長が現れ、3人で控え室に入っていった。
彼は、万引きの現行犯だった。しかも常習犯だった。
お婆さんは店長が依頼した警備会社の人で、俗にいう万引きGメンというやつだった。
防犯カメラの映像を見て、前から彼に目を付けていたらしい。
僕は店長のそんな話を呆然と聞いていた。
彼は何が不満だったのだろう。僕に無いものを全て持っているというのに。
「彼の・・・動機は何だったんですか?」
その問いに対して、ハスミ君はひとことだけこう言ったそうだ。
「刺激が欲しかった」
結局、このことは警察沙汰にはならなかった。
後日彼は大学を自主退学し、ゼミにも来なくなった。
彼の日常はそんなにつまらないものだったのだろうか。
一見、全てを手に入れていたようでも・・・。
翌朝、通い慣れた道を歩いていたら見たことのない小鳥がさえずっていた。
昼、友だちの失敗談を聞いて大笑いした。
夕方、バイト先で子どもが帰りがけに手を振ってくれた。
夜、実家からたくさんの野菜が送られてきた。
そうか。
僕のこんな日常、それは一見ただの退屈な毎日に見える。しかしそんな日常の中でも、小さな幸せを拾っていくことはできるんだ。
・・・彼にも、それに気づいて欲しかった。
次の週、閉店後にまた店長に呼ばれて新作コーナーの飾りつけを見せられた。色とりどりのモールやポスター、色紙がところ狭しと並んでいる。
「どうかな?かなり華やかにしてみたんだけど」
ド派手なデコレーションを見ながら、僕はこう言った。
「やっぱりこの前のやつにしましょう。あれはあれで素敵ですよ」