第1話

文字数 2,000文字

 俺は気が付くと駅の窓口の前に立っていた。

 なぜこんなところに?
 確か俺は出勤中、ホームで電車を待っていたはずでは?

「お次のお客様どうぞ」

 ガラス越しの駅員と目が合うと、笑いながらこう言い放った。

「ああ、あなた、死んだんですよ」
「死んだ!?」

 そう言われ記憶を辿ると、最後の瞬間はホームから落ち、迫りくる電車の映像。

「ここは人生やり直しの始発駅です」
「やり直し?」

「ええ、ここから乗車し、やり直したい年齢の駅で降りて下さい。一駅ごと進むにつれて1歳駅、2歳駅と進んでいきます」
「なるほど」

「行先はどうされますか? まぁ、最終的に終点は皆一つ“死”なんですがね」

 気味悪くケタケタと笑う。

「特に目的駅がないのでしたら、とりあえず各駅列車に乗られて車内でゆっくり考えては? なお、後戻りはできませんので、乗り過ごしにはご注意を」
「ああ、分かった」

 俺はホームへとむかい、ガラガラの各駅列車に飛び乗る。
 反対のホームには満員の急行列車。
 皆、早くやり直したいのだろう。死んだ後でも満員列車に乗るとはな。

 疎らな車内のベンチシートに腰かけると、まもなくしてドアが閉まり動き出す。
 すると、いつの間にか俺は赤ん坊の姿に。
 車内を見渡すと、乗客は皆、同様の姿に変わっていた。

 なるほどな、こうやってやり直すんだな。

 思えば俺は、ヒーローになるのが夢だった。
 世の為人の為、誰かに必要とされるような職に就きたかった。

 しかし現実は厳しかった。

 いつの間にかブラック企業に入り、悪の組織の下級戦闘員のように社畜として酷使され続けた。
 身も心も疲れ果てた俺は、自ら命を絶つという、到底ヒーローとは思えない所業で一生を終えることとなった。

 こんなはずでは……

 そしてアナウンスが、次の駅4歳を知らせる時、

「雄太君?」

 不意に少女の声で俺の名前が呼ばれたので、声の主の方へと顔を向けた。

「美穂ちゃん、なのか?」

 そこには幼女の姿をした幼馴染みが、記憶の隅に残るあの頃と変わらぬ姿で立っていた。

「どうして美穂ちゃんがここに?」
「やっぱり雄太君だ。久しぶりだね」

 幼女っぽい特有の可愛らしい笑顔を見せる。

 彼女はいわゆる幼馴染。
 別々の高校への進学を期に疎遠になり、大学に入る頃には、まったく消息は分からなくなった。
 近所にあった家も、いつの間にか引っ越されていた。

 何も言わず姿を消し、あの頃は怒りと悲しみに打ちひしがれていた。
 今思えば好きだったのかもしれない。
 こうやって再び会えたことに心を弾ませているということは、なによりの証拠だ。

 俺たちは横並びでシートに腰かける。
 車窓の外には、二人で遊んだ街の、あの日見た懐かしい風景が広がる。

「ここにいるってことは、雄太君も?」
「ああ、俺は……事故で、かな」

「そうなんだ。私は病死かな」
「病死?」

「うん。21歳で」
「そんなに早くか!」

 俺よりも5年も早く亡くなっており、何も言えなくなる。

「私、ガンだったんだ。高校に進学してすぐに調子が悪くなって病院行ったら……もう、末期で……」

 時折、声を詰まらせながら言葉を捻りだす。

「なんで言わなかったんだよ!」
「心配かけたくなくて。それに……すぐ治るもんだって思ってたから。治ったら報告しようって。で、一緒に食事でもしながら、笑い話にしようかなーって」

「でも本当はね、見られたくなかったの。あんな姿の私を。髪も抜け落ちて、いくつものチューブに繋がれた、やせ細った姿を」

「なんですぐにやり直さなかったんだ?」
「だって、どうせ同じでしょ! 薬漬けで身体は痛くて辛くて。もうあんな思いはしたくないの!」

 悲痛な叫び声が俺の心を突き刺してくる。

「だから私、ずーっとホームのベンチに座ってた。やり直す勇気がなくて。いろんな人たちが駆け込んでいったわ。早く人生をやり直したかったのね。
 そしたらスーツ姿の、あの頃の面影のある雄太君が列車に乗るのが見えたから、とっさに後をつけてきちゃって」

「でも、よかった。最後に立派に成長して大人になった雄太君に会えて」

 立派でなんかない。

「ヒーローになる夢は叶ったのかな?」

 全然。

「事故死って言ってたけど? 誰かを助けての事故かな? 仕事上だったら殉職の二階級特進だね」

 自殺だよ。

 俺はカッコよくもないし、ヒーローでもない。
 彼女一人救えない。情けない男だ。

「美穂ちゃんは、どこへ向かうんだ?」
「私? 別に、もう……生きていても辛いだけだし、このまま終点に…… 最後に一目会えただけで嬉しいよ」

「次で降りるぞ!」
「え? 待って、もう私は」

「早ければ治せるかもしれないだろ!」
「でも」

「今度は俺も一緒だから!」
「……私、もう一度生きてみても、いいのかな?」

「ああ、次は独りじゃないから、大丈夫だから」

 アナウンスが6歳駅の到着を告げ、列車は止まる。
 飛び降りた俺たちの人生は、再び動き始めようとしていた。
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