第1話

文字数 1,995文字

「彼女は僕のことは覚えていませんでした。まあ、一度しか会っていませんからね。でも何度か

会うことで親しくなれました。すると彼女は最近霊の存在を感じるようになったって言うんです。この偶然もそのおかげだと。彼女はねえ、奔放で気が強くて怒りっぽい。でも機嫌が良かったので、僕の経験を話しました。あ、僕は霊の存在を信じてませんでした。だって、仮に霊魂が残っていたら、生命が誕生してからの微生物を含めた無数の霊魂が今ここに溢れていることになる。そして消えずに増え続ける。それはおかしい。だから、試してやろうという気持ちもあって。一年前に海外旅行した時に、ある博物館で呪いの椅子というのを見ました。これに座った人は、皆、事故や自殺などで不幸な死を遂げたというやつです。そこで、警備員の隙をついてその椅子に一瞬ですが、座ってみたんです。その後、やっぱり少しは気になりましたが、もちろん、何も起こりません。その話を彼女にしてやったんです。そうしたら、彼女、急に怒り出して、そんなことをする人は信じられない、霊が憑いているはずだ、お祓いをするまで近づかないでなんて言って、一人で帰って行ったんです。僕は追いかけようとしましたが、彼女の性格を考えると、さらに怒り出すことは明らかでした。ただ、夜の道は危ないので、彼女に悟られないように少し離れて見守るようについて行きました。すると、一瞬、周りが真っ暗になった。その直後、どこから現れたのか、一人の男が彼女の後をつけている。彼女は気付きません。僕は心配になった。彼女がマンションに入り、エレベータに乗ると、その男は階段を上って行った。僕もそっと、その男の後ろから階段を上がりました。でも、彼女の部屋の階へ行くと、誰もいないんです。悲鳴も何もない。部屋の電気は点いているようでしたから彼女はもう部屋へ入っているのでしょう。もちろん、彼女に電話しました。でも彼女は怒っていると出ないんですよ。だから、押し掛けてさらに怒りが増しても嫌でしたから、そのまま帰りました。でも、数日後、彼女は死体で発見された。そして僕は逮捕された。おかしいでしょ。
指紋が付いていたと言われましたが、だって、あの部屋へは何度も入ったことがあるんですよ。だから僕の指紋は不思議ではない。絶対にあの男なんですよ。あれは霊だ。それを警察は信じてくれないんです」
「でも、首を絞めた電気コードからもあなたの指紋、DNAが検出されていたそうですよ。それをどう説明しますか?」
「あの電気コードは前に触ったことがあったはずです。でも使ったのはあの霊です」
「あなた以外の人が入った形跡がなにも発見されなかったようなんですよ」
「ああ!やっぱり、あの椅子だ!・・あの呪いです!何とか証明できないでしょうか?僕はどうすれば?ああ・・・」

牧「これがインタビューの時の会話です。この後、精神鑑定を他の先生にも数回施行されています。結果としては、この判例はひどいストレスが原因となった離人症の亜型として、心神喪失を理由に無罪となり医療措置が行われました。ただ、ここまで明確に自分で自分の姿を観察したという前例がなく、判決が出るまではかなり議論されました」
座長「牧教授はもともと脳外科でいらっしゃいましたが、精神科分野に移られてからこういった経験は他にもされましたでしょうか?」
牧「いえ、ありません。確かに経験は少なかったので、精神科の先生にもご意見を伺いましたが、このような症例経験は無かったということでした」
座長「そうですか、非常に珍しいケースと考えて、裁判でもそう判断されたということですが、本人が巧妙に虚偽の発言をして、疾患を装っていたという可能性はないという結論でよろしいでしょうか」
牧「ええ、現時点でもそう考えておりますが、100%と言い切れるかどうかはわからないというのが正しいでしょう。当時の虚偽発見システムでの条件下でということになります」
座長「この先、そのシステムの研究、進歩が必要だということですね。先生には昔の珍しい症例の講演をお願いいたしました。ありがとうございました」

「ふう、この報告は3回目だが、毎回冷や汗が出る。慣れないものだな」
「そうですか、先生ほどの方でも?」
「ああ、それにもう何年も経つのに、同じような症例が報告されないことからも議論したくなるんだろうな」
「ところで霊ってやっぱり存在しないでしょ。墓場に持って行ったはずの秘密もその辺を浮いていることになっちゃう」
「ああ、存在を証明することも、存在しないことを証明することも難しい。しかし、存在を信じることで救われる人もいるわけだから、それは自由だよ」
「ええ、

。ありがとうございます。先生のアドバイ・・・」
牧は睨んで、口の前に人差し指を立て、小声で言った。
「おっと、それは墓場に持って行くことだ」
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