ささくれた縄

文字数 856文字

  時間・場所:がらんとした午後の社員食堂


  テーブルで、一人の女がスマホをいじっている。


  上手(かみて)から男、登場。

(鼻歌のように歌いながら、女に近づく)

〽捨てられた日の、ささくれー。

(あからさまに、顔をしかめる)
果林(かりん)じゃねぇか。

なに油売ってるんだ?

  男、女の向かい側に座る。
休憩だよ。

あんたこそ、またサボってんの?

俺も休憩。
私、職場に戻るよ。
  女、席を立とうとする。
ちょ、ちょっと待てよ。
何よ。
教えてくれ。

俺のどこが不満なんだ?

あんたの全部。
一番は?
……。手の指が、いつもささくれてる。
え?
  男、自分の指をまじまじと見る。
痛いんだよ、その指。
なんだ、そんな事かい。
  男、右手人差し指のささくれ(・・・・)を、左手でむしり取る。
いててて。

あ、血が出てきた。

何やってんの。

そういうのはネ、鼻毛切りか爪切りで切るんだよ。

鼻毛切りなんか、持ってねぇよ。

二番目は?

足の指がいつも、ささくれてる。
足の指? 
  男、右足の靴を脱ぎ、靴下を脱ごうとする。
止めろ! 

あんたの足、水虫なんだよ。

そうなのか?
皮膚科に行けって、何度も言ったろ?
医者は、注射針を刺すから怖い。
さぁ、職場に戻ろぅっと。
ちょ、ちょっと待てよ。
相変わらず、しつこい男だねぇ。
お前、俺たちは「(なわ)の関係」だって言っただろ?
さあ。言ったかねぇ。
(歌うように)

〽横の縄はあなたー、縦の縄は私ぃ。

縦と横が逆。
縄がこんがらがって(ほど)けなくなる事を、人は幸せと呼ぶんだよな?
そうさ。

でもあんたは、逃げたよね。

お前が、あまりきつく(しば)るから。
それくらい我慢しろよ! 

男だろ?

我慢したら、()りを戻してくれる?
まぁ、検討くらいしてやるよ。
だったら、何といったかな……。
胡坐(あぐら)縛り。
やるよ。
「やるよ」じゃなくて、「やらせて下さい」だろ?
やらせて、下さい。
途中で泣き言、言わないね?
ああ。
ロウソクも、いいね?
ああ。

だが、縄は綿(めん)の縄にしてくれよ。

ささくれ(・・・・)だらけの(あさ)縄に決まってるだろ!
  暗転。
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