第1話

文字数 3,197文字

 平日の朝八時五十分、校門が閉まるまであと数分だ。
「いっけなーい遅刻しちゃう!」
 私、夢川美香! 友だちとハマったアニメについて夜遅くまで討論しちゃう十六歳! ピッチピチの女子高生よ! でも毎回討論が白熱しちゃって成績ダダ下がり! これから私の高校生活どぉなっちゃうのぉ?
 少女漫画の冒頭シーンみたいに私は運命の人に出会うべく食パンくわえて全力ダッシュ! こうすればきっと運命の王子様に出会えるわ! そう、きっと!
「……うおっとあぶねえ!」
「きゃ……!」
 曲がり角に来た時横から来た人にぶつかってしまった。さてどんな人かな? 声からして男性だけど……。
 胸を高鳴らせながら私はぶつかった相手の顔を見た……ことを過去一後悔した。
「チェンジで!」
「ええ!? 何が?」
 相手は激しくショックを受けてたけどそんなの私の知ったこっちゃないわ。だって、だって……!
「私の運命の人がこんなジジイのはずがないわ!」
「ああん? 運命の人? 何言っておるんじゃ」
 曲がり角でぶつかったのは背が高いイケメンの学生でもスーツを着こなしたサラリーマンでもなかった。
「いやよ! 定年もとっくに超えてそうなジジイと恋を育むなんて!」
「アンタ初対面のワシに向かって随分な言い様だな! 八十四歳の年上を敬うと言う考えがないんか!」
 あ、この人八十四歳なんだ。頭のてっぺんはテカテカに輝いているし歯も数本抜けてるみたいだから九十くらいかと思っていた。
「で、あんたどこの誰? あと一瞬の間に奪った私のときめきを返して」
 食パンを急いで飲み込み相手に向かってつかみかかろうとした。
「ニャー」
「……アリス、俺から離れないでくれ」
 どこからか猫と幼さがある男性の声がした。私の足元には赤毛の猫がすり寄っている。
 私は戸惑いながら男性を見た時、大興奮した。
「あ! 同い年くらいの王子様がいた!!」
 艶やかな黒髪に私好みの鼻筋の通った塩顔イケメンよ! 男性の方は何言ってんだコイツみたいな表情をしている。
「ねえ! よかったら連絡先だけでも交換してくれない!? どこの高校かな?」
「は……? 誰このオバサン」
「お、お、オバサンですって!?」
 さっきおじいさんに向かった特大ブーメランが自分に突き刺さった。
「い、いやだな。自分と同じくらいの相手に向かってオバサンって……」
「俺今七歳です。よく誤解されるけど小学二年です」
 盛大に溜息を吐きながら男性……いや男の子は私をじっとり見る。
「ワシは柳だ。コンビニにビール買いに行くつもりが絶賛迷子中じゃ」
「俺は藤田です。俺もコンビニに結婚指輪を買いに」
「私は夢川……って待って待ってツッコミどころが多すぎるわ!」
 自然と始まった自己紹介だった。でも何か今さりげなくダイナマイトを放り込まれた気がする。
「そこのジジイ……じゃなくてヤギさんでいいわ。なんでこの辺で迷子になるのよ!?」
 この辺りでコンビニって言ったら一軒しかない。それで迷子になるって何? もしかして認知症とか?
「あとフジくん? 流石にコンビニに結婚指輪はないんじゃないかな」
「猫用の指輪くらいあるだろ」
 冗談かとフジくんの顔をまじまじと見るけど真顔のままだ。これは本気で言っている顔だ。
「さっきから言ってるアリスってもしかして……」
 私の震える質問にフジくんは大きくうなずいた。
「当然このメス猫のことな? 名前も俺がつけたんだ」
 アリスと呼ばれた赤毛の猫はフジくんの声に嬉しそうに喉を鳴らす。なんとなくそのしぐさが不思議の国のアリスにでてくるチェシャ猫みたいだった。
「アリス……ちゃんってフジくんの飼い猫なの?」
 私の問いに首を横に振って否定する。
「この辺りでよく見かける野良猫って言うの? 外でよく見るから」
 優しい笑みを浮かべながらフジくんは猫を見る。リードも何もないのに猫は私たちの間で大人しくしている。
 するとフジくんが私を見て急に不機嫌な顔になった。
「な、何か気に食わないことでも……?」
「だってアリスがお前から離れてくんねえんだもん」
 理解できないと言うようにフジくんは私と猫を交互に見る。
「ワシは今目的地と家までの道がわからん……」
 一人会話に置いてきぼりにされたヤギさんはそう言って嘆いている。
「なあ夢川だったか? コンビニまでよければ送ってくれんか? そうすればさっきの無礼な発言は許してやろう」
 どさくさに紛れて私にそんな提案をしてきた。目的地はすぐ近くだけど上から目線なのがむかつく。
「……しかたないな。フジくんとの会話は邪魔しないで」
 アリスと言う猫が私から離れないかぎりフジくんは絶対離れなさそうだし、何より目的地は一致している。
「俺は最近あんまり学校行けてないし、親がうるさいんだよ」
 何気なく三人プラス一匹で歩いていたらフジくんがぽつりと呟いた。
「……大事な物があるなら打ち込んじゃ駄目なの? そんなのおかしいよ」
 小さく舌打ちをしてズボンのポケットに手を突っ込んでいる。まあ普通に考えれば平日に小学校へ行っていないのは珍しいか。
「フジくん、もしかして学校行けてないのっていじめとかにあったりして」
「はあ? そんなわけないじゃん。アリスと毎回会ってたら学校行くの忘れんの」
 猫の頭を撫でながらフジくんは鼻をならす。そんなに会いたいなら飼えばいいと思うんだけど……。
「母さんが猫アレルギーなんだよ。家に連れて帰れるわけねえじゃん」
 私の表情から考えを読み取ったのかフジくんは続けて言う。
「なーに、留年しようが退学になろうが人生ってのは案外何とかなるぞ?」
 不意に今まで黙っていたヤギさんが会話に入って来た。
「なんてったってワシ中卒だし! これでも昔は地元で有名な暴走族の総長だったんじゃぞ?」
「へーソーナンダー」
 明らかな嘘くさい話に私とフジくんは棒読みで返事をする。老人の過去の自慢話ほど退屈な話はない。おまけにボケが始まり出した老人の話なんて。
「藤田の方は学校行けてないらしいな。なら対面で通うのを辞めたらいい。今は技術が進んでるんだ」
「……まあそれでアリスと一緒にいられるなら」
 猫を撫でながらフジくんはそっぽを向く。人間に興味がないと言うより猫が好きなだけなんじゃ……。まあ私も度重なる遅刻と成績不振でこのままだと留年だぞ!と先生から口が酸っぱくなるほど言われているけど。
 ……その時、悩んでいた私に名案が舞い降りて来た。
「フジくん! 私頑張って進級するわ! だから卒業したら私と結婚して!」
「……俺お前って言うか人間に基本興味ないんで。それに俺はアリスと将来の約束をしてるんだ」
 猫の頭を撫でながら私の方は見もしない。でも私は簡単に諦めないんだから。
「待っていて! 私は必ず貴方を振り向かせるわ!」
 そうして私たちはコンビニにたどり着いた。
「あった! とうとう着いたわ!」
「ワシの全財産で酒を買い占めてやるぞー!」
「店員さん、猫用の指輪は売ってますか?」
 まさか登校する予定がこんなことになるなんて、人生何があるかわからないわ!

「と言う訳で道中色々あって今回も遅刻しました。門を開けてください」
 私はドヤ顔をしながら生活指導の先生を凝視する。
「……色々ツッコミたいこと満載だけど一言言わせて? まず真っ直ぐ学校に来なさい」
 校門を挟んで向かい合わせになりながら先生はくどくどとお説教を始める。
「あそうだ先生! 一つ聞きたいことがあるんですけど!」
「僕の話から聞いてよ。で、何?」
 先生は元々青い顔を更に青くしながら私の方を見る。私はその手を両手で力強く握りしめた。
「質問です! 人間は猫に勝てると思いますか!? 私の恋敵が猫なんです!」
「……まず生物からして違うんじゃないかな?」
 ああ! 私の高校生活本当にこれからどうなっちゃうのぉ!?

                               了
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