第2話 スマートな誘導

文字数 15,950文字

Nothingness
スマートな誘導

 嘘とは何か。それは変装した真実にすぎない。

            バイロン


































  第二装【スマートな誘導】



























 クロエマとの取引の件で怪しい点が見つかったため、アーサーとクリスト、ジェシ、そしてジモーネの4人は調べものをしていた。

 別の調べ物としては、ルーマとポルコが担当している。

 こちらは怪しい調べものではなく、クロエマとの取引を円滑に行う為のものだ。

 「どうだ?何か分かったか?」

 「俺はさっぱり」

 「今のところありませんね。もう一度最初から見てみます」

 「悪いな」

 何度も何度も帳簿の記載を確認するが、どういうわけで司法の数と金額がズレてしまったのかは分からなかった。

 誰かの記載ミスだとすれば、それはそれで仕方ないことなのだが、実際にクロエマが金額を誤魔化していたとすれば、話はまた違ってくる。

 「クロエマが俺達を騙していた?いや、それはあまりにリスクが高いようにも思う」

 「でしょうね。それに、長年の取引の末騙していた、ということでしたら多少は理解できますが、今回はまだ半年にも満たない期間です。その中でこんなに分かりやすい差額が生じてしまうなんて、有り得ませんし、確かにアーサーの言う通り、リスクが高すぎます。軍事力もこちらが握っていますし、司法にしても、クロエマはまだ司法だけで俺達に勝てるようなものも持っていませんし」

 「ああ。買いとられた司法を調べてみたが、やはり、こんなリスクを背負うとは思えない」

 アーサーとジモーネで真剣な話をしている横で、クリストはジェシを仲良く?話し合いをしていた。

 とはいえ、ジェシは強く言えない性格のため、迷惑、の一言が言えずにいるようだ。

 「クリスト、ジェシが困ってるだろ」

 「え!困ってるの!?まじ!?いやー、気付かなくてごめんね?ジェシが可愛いから、ついついちょっかい出したくなっちゃってさー。あ、髪の毛良い匂いするねー。何使ってるの?俺も同じの使おうかな?」

 「はあ・・・」

 クリストはもともと集中力がないため、アーサーは一旦手を止めると、休憩しようと言って書庫を出る。

 プライトの菓子でも食べれば落ち着くだろうと思ってキッチンへ向かうと、ルーマとポルコも休憩に来ていたため、一緒に紅茶を啜る。

 少し休憩をして再び調査に戻ると、ジェシが何かに気付いた。

 「あ、あの」

 「どうした、ジェシ?何か分かったのか」

 「ちょっと、気になったことが・・・」

 おどおどとした口調のジェシだが、同じように調べ物をしていたアーサーたちは手を止めてジェシのもとへと向かう。







 「これまでに取引された司法内容と金額なんですけど、幾つか、私が見てですけど、ちょっとおかしな部分があって」

 そう言って、ジェシは控えめにアーサーたちに見えるように、その資料を見せる。

 そこに記されているのは、これまでにクロエマが買い取った元ワーカーの司法内容と、それによってワーカーが受け取った金額だった。

 クロエマが支払う金額はワーカー側が決めているが、司法内容にそれなりに見合った金額で、アーサーたちがおおかた決めて、最終的にはソルモがOKサインを出している。

 そのため、アーサーは数人で話し合ってソルモへ提出する金額を大体覚えていた。

 「確かに、これはおかしいな」

 「誰かが嘘書いたってことか?」

 「かもしれない」

 「あ」

 アーサーとクリストがジェシの手元の資料を見ながら話をしていると、1人黙々と調べ物を続けていたジモーネが声を発した。

 そしてアーサーたちのもとへ向かい、幾つかの開いた状態の資料を持っていくと、険しい顔をして言う。

 「これ、みてください」

 幾つかの資料を並べて見比べてみると、そこに書かれている記録者が目につく。

 瞬間、その場にいた全員が口を閉ざし、部屋は静寂に包まれる。

 その空気を絶ち切ったのは、クリストだった。

 「な、何かの間違いとかじゃね?なんでこんなことする必要があるんだ?クロエマからの金を独り占めしてるとか?」

 「いや、これを見る限り、コソコソと取り引き出来るような金額じゃない。だが、無意味にこんな記載をしたとも思えない」

 「どういうことだ?」

 「・・・誰かが帳簿記録に疑問を抱いて調べられたとき、互いを疑う事。あとは、戦争の引き金になる可能性、とか」

 「確かに、これを見てもすぐには不正があったかどうかなんてわかりませんからね。というか、誰も仲間が書いた記録を疑おうとは思いませんし」

 「念の為、見張りをつけよう」

 帳簿を棚に戻すと、はっきりとしたことが分かるまでは他言しないようにと話した。

 そしてアーサーを筆頭に、クリストやジェシ、ジモーネと、その場にいたメンバーで怪しい人物を探ることになった。

 それから僅か数日後のこと、事態は一変する。

 「ジェシ、どうした」

 「あ、あの・・・!!」







 「なんだ?俺をこんなところに呼びだして。なんかやったっけ?」

 「すまない。少し話したい事があってな。そこに座ってくれ」

 呼びだした人物を椅子に座らせると、アーサーは紅茶を用意した。

 テーブルの上に2人分出すと、ミルクとレモンもそこに置いて、好きなように使えるようにする。

 温かい紅茶が喉を通ると、アーサーはいつものように話し出す。

 「最近、気になったことがあって、色々と調べていたんだ」

 「気になること?なんだ?」

 「実は、クロエマに渡している司法の数と、受け取っている金額が合っていないんだ。誰かが記入を間違えたのか、それとも意図的なものなのか、分からなくてな」

 「まじか?そりゃ気になるな。で、何か分かったのか?」

 アーサーはカップをテーブルに戻すと、足を組む。

 「ああ。思わぬ収穫があってな。伝えておこうと思って」

 「おお、なんだ?」

 少しだけ目を細めたかと思うと、その場に立ちあがったアーサーは、目の前の人物に背中を向けて窓を見やる。

 陽が沈みかけている空は、すでに暗がりへと姿を変えようとしていた。

 「ある国の人間と、密会していたそうだね、ルーマ」

 いつものように呼ばれただけなのに、そこに座っていた人物、ルーマは思わずピクリと肩を動かした。

 背中を向けているアーサーはきっと気付いていないだろうが、本人には十分分かっている。

 「どうしたんだよ、アーサー。見間違いじゃないのか?俺が密会なんてするわけないだろ?なんでそんな必要があるんだよ?」

 「そのある国っていうのは、小さな国なんだ。だが、以前我が国とも関わっていて、この国の権力に逆らえず、現状、大人しくしているといったところだ」

 「はは、何言ってんだか。だいたい、俺はその国のことなんか知らないぜ?」

 「そうか。その国の名はカルディア。王の名はトーマスという。知らないか」

 「ああ、あの国な。もちろん、名前くらいなら知ってるけどよ、俺がその国に関わってるなんて、おかしなこと言うなよ」

 ふう、と深いため息を吐いたあと、アーサーはルーマの方を見る。

 その目は仲間に向けられたものとは違う、冷たく、疑心のこもったものだ。

 「悪いが、ルーマ。記録を調べ直していて、お前が記録の日だけおかしいことは分かってる。計算が合わないのもお前の日だけ。それに、ジェシがお前とカルディアの男が会っていたところを写真にも収めてる。これでも言い逃れするつもりなら、尋問にかける」

 「・・・だから、俺は知らねえって」

 「・・・そうか。いいぞ、入れ」

 アーサーがそう言うと、部屋のドアが開かれ、ポルコとダイキが入ってきた。

 瞬時に椅子から立ち上がろうとしたルーマだったが遅く、ポルコとダイキに両腕を押さえつけられると、身動きが取れなくなってしまった。

 「何の真似だ?!」

 「ルーマ、大人しくしてくれ。このまま尋問部屋に連れて行く。ポルコ、ダイキ、頼んだぞ」

 「おい!!嘘だろ!!」

 そのまま、ルーマは2人に連れて行かれてしまった。

 尋問を開始してからそれほど経っていない頃、ポルコとダイキのもとへやってきたアーサーは進捗具合を聞く。

 「どうだ?」

 「口は割ってないけど、確実に黒だね」

 「だな。瞳孔の開き具合、呼吸、汗、動き、これらは全て、あいつがスパイだって言ってるようなもんさ」

 「そうか・・・。信じたくはなかったが、しょうがないか」

 「でもまだあいつの口から聞いてないから、このまま尋問続けていいんでしょ?」

 「ダイキの趣味は尋問か?ま、俺達尋問のプロに任せれば、どんなスパイだってそのうち落とせるだろうさ」

 アーサーがその事実を持ちソルモのもとへ向かうと、部屋には先客がいた。

 「オンヤン」

 「あら、アーサー。どうしたの?」

 「お前こそ何してるんだ」

 「見て分からない?オセロの相手をしてるのよ」

 オンヤンが言う様に、オンヤンは暇を持て余しているソルモとオセロで遊んでいた。

 アーサーはソルモに耳打ちをすると、別にオンヤンに隠すことでも無いと言われたため、その場で普通に話すことにした。

 内容はもちろん、ルーマのことだ。

 カルディアという国からのスパイである可能性があり、ルーマの記載した内容によって、ワーカーとクロエマは戦争する事態に陥っていたかもしれない。

 ルーマを利用してカルディアの内情を探ることも出来ると言ったのだが、ソルモはカルディアに興味がないらしく、放っておくように言われてしまった。

 「失礼しますー、ってあれ?オンヤンにアーサーまで」

 おやつを手に入ってきたプライトに、ソルモは嬉しそうにした。

 まだ温かいおやつを頬張っていると、プライトはルーマのことを聞いてきた。

 「さすがポルコとダイキ。けど、ルーマがスパイだとしても、口は割らないんじゃないの?スパイって、そういうこと言わないイメージなんだけど」

 「だろうな。だが、カルディアが送り込んできたことは確かだ」

 「そっか。だとすると、目的は俺達とクロエマを戦わせること、かな?ああ、でも、今回のことって、その記載の事実に気付いたから良かったけど、このままずーっと気付かなかった場合、戦争なんて起こらないよね?」

 「金に関してだけ言えば、管理はクロエマの方が徹底してるだろうからな・・・。もしかして・・・」

 「ん?何?」

 アーサーは、おやつを美味しそうに食べているソルモを勢いよく見ると、ソルモは思わずその少し怖い顔にビクッとしてしまった。

 「ど、どうした?アーサー」

 「・・・ソルモ様、もしかしたらですが、クロエマにもカルディアから送られたスパイがいるのではありませんか?」

 「俺に聞かれてもわかんないし」

 「オンヤン、すぐにクロエマにこのことを伝えてくれ。クロエマにもスパイがいるとすれば、カルディアの目的が明らかになる。そのためにも、ルーマを使ってカルディアと接触したいところだな・・・」

 自分で作ったおやつをもぐもぐ食べているプライトを他所に、オンヤンはすぐさまクロエマに手紙を出すことにした。

 「俺はこれからルーマに会って、カルディアとコンタクトが取れるか試みる」

 アーサーが颯爽とそこから立ち去っていくと、残されてしまったソルモとプライトは、2人で仲良くおやつの続きに入る。







 「アーサーだめだよ。こいつ、ちっとも口割らない」

 尋問を続けていたポルコは、一旦ダイキに任せて休んでいた。

 尋問だけでは足りないだろうと、ダイキは拷問にかける準備をしていたが、アーサーはそれを赦さなかった。

 「ちぇ。ちょっと痛めつけた方が、意外とあっさり口割ったりするのに」

 「ダメだ。何の為の司法だと思ってる。ルーマ、カルディアとどうやって連絡を取っていた?直接会って話しをしたいんだが」

 「勘弁してくれよ・・・」

 「アーサー、こいつ、いつまで尋問すればいいわけ?そのカルディアとどうにもならないなら、こいつの役目はごめんなわけだし、殺していいんでしょ?」

 何年も一緒に過ごした仲間にも関わらず、ダイキは笑顔で平気そうに言う。

 しかしそれは周りのアーサーたちも同じで。

 「そうだな。取引する心算がないなら、しょうがない」

 これを聞いていたポルコも、アーサーと目が合うと呆れながらも頷いた。

 それから何があってどうなったのかは知らないが、少なくとも、アーサーたちが望んでいたような答えを発することがなかったルーマは、ダイキに銃とナイフを向けられていた。

 「一瞬で殺すのは簡単だよな。脳を狙って撃てばいいだけだから。でも、少し痛めつけようと思うなら、それ以外の場所が良い。例えば、腕とか足とか。ナイフなら、そうだな。首か心臓が良いけど、折角なら指を一本ずつ斬り落としてからかなー。なあ、どれがいい?」

 「好きにすればいいだろ」

 「つまんねーの。ポルコはどれが良い?俺はねー、急所外して命乞いさせてやりてーの」

 「ならそうすればいいだろ」

 尋問も得意なダイキだが、拷問も得意であった。

 得意という言い方は確かではないかもしれないが、趣味というか、娯楽というか、とにかく、歪んでいるところがある。

 「じゃ、スパイの末路ってのを、分からせてやるか」

 容赦なくナイフで肌を斬りつけると、ルーマの顔は苦痛に歪むが、それがまたダイキの笑みを深めさせる。

 そんな時間が3時間ほど続くと、アーサーのもとへ、ポルコと血まみれのダイキが入ってきた。

 そのダイキの姿を見ただけで、アーサーはルーマがどうなったのかを理解し、臭うからシャワーを浴びてくるようにと伝えた。

 「アーサー、クロエマには伝えたわ」

 「オンヤン、御苦労だったな」

 「まさかルーマがスパイだったなんて、驚いたわ」

 「ああ、俺もだよ」

 はあ、と盛大なため息を吐いたアーサー。

 そこへプライトがやってきて、疲れているからお茶でもしようと言ってきた。

 その場にいたオンヤンも一緒になってお茶をしていると、ふと、プライトがこんなことを言いだした。

 「てっきり俺は、クリストあたりかと思ったよ」

 「は?何がだ?」

 「だから、スパイ。いや、もしもクリストだったらって話だけどね」

 飲んでいた紅茶を思わず少し戻してしまったが、プライトはテーブルに並んでいるお菓子が上手く焼けたのだと言っていた。

 そんなことよりとアーサーが言うと、プライトは口の端に付いたカスを舌でぺろっと拾い上げながら続ける。

 「だってさ、まあ、これは俺の勝手な自論だけどね。スパイの鉄則って、まずは油断させるために人懐っこくするっていうか、信頼させることでしょ?だから、クリストの性格なら納得だな、って思って」

 「・・・クリストか」

 「え?真剣に受け止めないでね?俺の勝手な意見だからさ。スパイがみんなそうってわけじゃないだろうし、もとからあんな性格な人も世の中にはいるわけだし」

 「・・・・・・」

 何を思い何を考えているのかは分からないが、アーサーはそのプライトの言葉を聞いた途端、何も喋らなくなってしまった。

 だがきっと何か大事なことを考えているのだろうと、オンヤンは気にせずにお菓子に手を伸ばす。

 言ってしまった張本人のプライトも、「知―らない」と言って紅茶を飲む。







 その頃、オンヤンから連絡を受けたクロエマでは、ワーカーにスパイがいたことは理解出来たものの、自分たちの中に裏切り者がいるだなんて、信じられなかった。

 「いるかもしれないってだけの話だろ?ワーカーからの言葉を全部信じる必要はねぇと思うぞ」

 「しかしテンド様、思う様に動かされてからでは遅いのです。怪しい者がいないかだけでも調べさせていただきたいのですが」

 「あー、それなら好きにしろ。ムラサメにでも調べさせればいいだろ。あいつは大丈夫だろ?」

 テンドと共にオンヤンからの手紙を受け取って読んでいたゴードンは、すぐさまテンドと話をしていた。

 しかしテンドはそこまで真剣というか、信じてはおらず、ワーカーにスパイがいたのは、ワーカーの問題であって自分たちとは関係ないと思っているようだ。

 しかし万が一のことがあっては遅いと、ゴードンはムラサメを呼んで、内密に怪しいところがないか調べさせることにした。

 確かに、クロエマは金に関してはどこよりも厳重に慎重に扱っているように見えるかもしれないが、逆に金がある分、ちょっとした差額などには無頓着なところもあった。

 それは全て、テンドの性格なのだが。

 「最近ムラサメ見かけねぇなぁ」

 いつもなら五月蠅いくらいに稽古だの鍛錬だのと言ってくるムラサメが、しばらく顔も見せないため、エンドロンが食事中に尋ねた。

 すると、ゴードンが淡々と答える。

 「ムラサメには大事な任務を与えたからな」

 「任務って?」

 「お前に教える必要はない」

 ふーん、と言って一旦は引き下がったエンドロンだが、その後すぐにこう言った。

 「言わないってことは、言えないようなことをやらせてるわけだ。俺達にも言えないようなことってーと、なんだ?」

 「詮索はするな」

 「だって気になるじゃねえか。なあ、ルファエル?」

 「俺は別に・・・。ゴードンが詮索するなと言うんですから、何も聞かない方がいいのでは」

 「そうよ、エンドロン。あんたってばいっつもそうやって人の敷地に勝手に足踏み入れて踏み荒らしていくのよ。迷惑だから止めて頂戴」

 「グローヌのことよりも、ティアナとかアマンダのことを知りてぇなぁ。ヴィル、お前はどうだ?」

 「興味ない」

 「嘘だろ!?お前ってば、もしかして女じゃなくて男に・・・」

 「殺すぞ」

 「あーあ。つまんねぇな。ティーフなら俺の相手少しはしてくれるってのに、今日も迷子で食事さえしねぇなんて、どんだけ方向音痴なんだよ」

 「仕方ありません。一直線に走れない人ですから」

 「っかー。ティアナ、後で俺の部屋来てマッサージしてくれよ」

 「それは嫌よ。エンドロン、お尻とか触ってくるんだもの。それに、部屋中に女の人の写真貼ってあるの、どうにかしてよ」

 「げっ。まじ最低な奴。私の半径5キロ以内に入らないでね」

 「頼まれてもお前には近づかねえから安心しろ」

 騒がしい食事が終わると、エンドロンは1人、酒を持って部屋へと戻る。

 寂しく1人酒をしていると、ドアをノックする音が聞こえてきたため、期待を込めて返事をすれば、顔を覗かせたのは、つい先ほど名前があがった男だった。

 「ムラサメ、どうした?最近全然顔見せねえから、密かに死んだのかと思ってたぜ」

 「失礼な奴だ。まあいい。それより、これから一緒にゴードンの部屋に行ってほしいんだが」

 「折角酒飲もうとしてたのにか?今からじゃなくちゃダメか?後でもいいだろ?酔ったって俺はしゃきしゃき歩くからな。しっかりした千鳥足で部屋に行くからダメか?」

 「千鳥足になる時点でダメだ。それに、これは出来るだけ早く共有したいことなんだ。今すぐに酒を注ごうとしてる手を止めて、手に持っている酒をテーブルに置いて、俺に向けているその嫌そうな目をきり変えろ」

 「へいへい」







 言い方は悪いかもしれないが、しょうがなくムラサメに付いてきたエンドロンだが、ゴードンの部屋に着いたときにはすでに、ティアナとグローヌ、ルファエルもいた。

 「なんだよ、みんな揃って・・・はいねぇが」

 「とにかく座ってくれ。聞いてほしい話があるんだ」

 「なら別に酒飲みながらでも」

 「聞け」

 「はい」

 圧倒的な圧力に負けたエンドロンは、ルファエルに励まされながらなんとか椅子に腰かけることが出来た。

 集まった者はみな、ムラサメが何を話そうとしているのかを知らないようだ。

 ゴードンがムラサメを見て、ムラサメもそれに対して小さく頷くと、全員の前にワーカーとの取引の記録を広げてみせた。

 「これは?」

 「ワーカーとうちの取引の記録だ」

 ワーカーから、スパイと思われる男がいたことや、ワーカーとクロエマとの取引の記録に改ざんを施し、戦争を起こさせようとしていた可能性があると聞いたことなど、全てを説明する。

 クロエマにもスパイがいるかもしれないとのことで、ムラサメ1人で調べていたところ、確かに、記録に関しておかしなところを見つけたという。

 そこには、支払った額よりも遥かに少ない司法の数、つまりは受け取っていない司法が多く存在していることが見てとれた。

 「でも、これってワーカーが本当に司法を渡していないってことなんじゃ」

 「いや、受け取った司法は全て確認できた。ここに書かれているのは、受け取っていないはずなのに書かれている司法なんだ。これと似たようなことがワーカー側でも起こっていて、ワーカーとクロエマと衝突させようとする第三者の仕業と考えられる」

 「じゃあ、こっちにもスパイがいたってこと?」

 「ああ。それで詳しく調べたところ、怪しいのは2人」

 ムラサメが言うには、まずは記録係のヴィルで、もう1人は取引係のアマンダだ。

 ヴィルならいつでもこのような改ざんは可能だが、もしヴィルが本当のことを書いているとするならば、ワーカー側に支払う金を用意しているアマンダが、虚偽の報告をヴィルにした可能性もある。

 「そこで、2人以外のメンバーで集まってもらった」

 「ティーフがいねぇけど」

 「見つからなかった。多分迷子だ。誰かティーフを見かけたときにでも伝えておいてくれ。それで、エンドロン」

 「俺?」

 いきなり名前を呼ばれ、エンドロンは気の抜けた返事をする。

 「お前には、ヴィルとアマンダを調べてほしい」

 「なんで俺?他の奴でもいいだろ?」

 「お前が適任だ。お前なら、ヴィルやアマンダに付きまとっても怪しまれないし、変な質問をしても変な奴だから大丈夫だ」

 「なんか嫌な言い方するな。まあいいけどよ、埋め合わせはしてもらうぜ?」

 「蝉の抜け殻でも蛇の抜け殻でもなんでも用意する」

 「いらねぇよ、そんなもん」

 ゴードンとムラサメに押し切られる様な形で、エンドロンは良い役なのか悪い役なのか、とにかく引き受けた。

 ルファエルからは「頑張ってください」と無表情で応援され、余計不安にもなったが、やるしかなかった。







 「エンドロン」

 「なんだよ、俺疲れてんだけど」

 「これ、ワーカーから送られてきたルーマというスパイの男の履歴だ。もしどこかに接点があれば・・・」

 「はいはい。男には興味ねぇけど、一応ちゃんと読んでおくよ」

 ムラサメが持ってきたルーマという男の経歴を読んでいると、ふと、エンドロンは何かに気付いた。

 特にどこかに接点があるわけではないのだが、ただ、気になった。

 すぐにムラサメの部屋に向かったのだが、ムラサメは部屋におらず、ならば鍛錬場にでもいるのかと思って走って行ったが、そこにはルファエルしかいなかった。

 ならば何処に行ったのかと、テンドのもとへ行ったのだが、ついさっき来たが出て行ったと言われてしまったため、再び走りだす。

 「ちょこまかちょこまか動く野郎だな」

 一か所で大人しくしてくれていればすぐに見つけられるというのに、ムラサメは忙しいのか落ち着きがないのか、多分前者だろうが、なかなか見つからなかった。

 ようやく見つけたと思ったときには夕方になっていて、エンドロンはぜーぜーはーはー言いながら呼吸を整えていた。

 「それで、どうした」

 「とんだ体力使っちまったよ!」

 「悪かった。で?」

 「悪いと思ってねぇだろ。はあ、まあ、そうだな。うん。で、俺が気になったのは、ルーマって奴がワーカーに入団した時期と、アマンダがうちに来た時期が同じってことだな」

 「入団時期?」

 エンドロンから、ルーマの経歴が書かれた紙とアマンダの入団記録を並べてみると、確かに、ぴったりと言って良いほど同じ時期だったのだ。

 もしも、ワーカーにスパイとして潜りこんでいたルーマとアマンダが同じ国から送りこまれていたとするならば、このような偶然が重なってもおかしくはない。

 ムラサメはそれをしばらく眺めたあと、エンドロンにこう言った。

 「わかった。すぐにテンド様とゴードンにも報せる。それから、ヴィルの方は引き続き頼む」

 「あいよー・・・」

 ひらひらと手を振ってはみたものの、ムラサメはエンドロンを見ること無く走り去ってしまった。

 「礼は無しか。世知辛い世の中だねぇ。けどまあ、俺はそんな見返りを求めるような小せぇ男じゃねえからな。しっかりやってやるぜ」

 独りごとをびしっと決めたところで、エンドロンは部屋へと戻って行った。

 その頃、ムラサメはエンドロンからの情報をテンドと、途中でゴードンを連れていき、2人に説明した。

 「じゃあ、アマンダもその、カルディアのスパイだと?」

 「その可能性は高いかと」

 「じゃあ、ヴィルは無実ってことか?」

 「そこはまだ。エンドロンに引き続き調べさせています。経歴に怪しいところはないんですが、何分、1人でいることを好む男なので、普段何をしているか分かりませんので」

 「そうか」

 テンドはゴードンたちに任せるといって、ごろん、とベッドに横になってしまった。

 ゴードンとムラサメはテンドの部屋を出ると、廊下を歩きながら、本当にアマンダがスパイなんだろうかと話をしていた。

 もちろん、それはエンドロンを疑っているわけではなくて、グローヌといつも一緒にいる姿が印象的で、面倒見の良い、そんなイメージが強かった。

 それなのにスパイだとするならば、グローヌの面倒を見るふりをしながら、あちこち詮索していたことになる。

 「ヴィルには伝えるか?」

 「いや、まだ黙っておこう。アマンダとグルっていう可能性もあるからな」

 「それにしても、カルディアがなぁ。あそこ、目立つような国じゃねえだろ。スパイなんか送り込んで、例え俺達が戦争したとしても、メリットなんかねぇはずだろ」

 「ただ俺達の動きを見ることが目的だったのか、それとも他に何かあるのか。とにかく、気を引き締めていこう」







 「なんだ、これは」

 「拘束。ヴィル、お前、スパイだよな?何処から来たんだ?誰からの命だ?」

 「知らんな。何を言っている」

 数日後、ヴィルにも嫌疑を持ったエンドロンによって、尋問が始まった。

 それは同時にアマンダにも行われ、別室でアマンダは何も知らないとずっと叫んでいた。

 しかしアマンダがカルディアのスパイである可能性は限りなく黒に近いグレーのままで、そのことはワーカーにも伝えられた。

 「テンド様、ワーカーのソルモ様と手を組まれてはいかがですか?」

 「手を組むう?」

 「今回のことからも、ワーカーとは強い協定を結んでおくべきかと。司法の買い取りもこのまま進めて行きますが、そのほかに、今後についてもしっかり考えておくべきかと」

 「そうだな・・・。金も土地も、誰にもくれてやるつもりはねえし。あいつらの権力や司法は利用すればいいだけだしな」

 「でしたら、そのように、ワーカーへ文を送っておきます」

 クロエマからのタッグを申し込む手紙が届く頃、ワーカーではまた動きがあった。

 「プライトー」

 「あ、クリスト。どうかした?」

 「ジェシがみたらし団子食べたいって言ってたんだよ。作ってもらえるか?」

 「もちろん。すぐ作るから、キッチンに来ると良いよ」

 プライトは愛用のエプロンを腰につけると、腕まくりをして粉を取り出す。

 手際良く団子を作っているプライトをじーっと見ていると、口元で笑みを作りながら、毒を吐いてきた。

 「クリスト、スパイでしょ」

 「・・・へ?」

 一旦視線をクリストに向けると、プライトは目を細めて笑い、また手元に視線を戻す。

 「今、間があった」

 「はは・・・プライトって、そういう冗談言うんだな」

 「嘘を吐く準備をするタイプなのか、それともその場その場で嘘が言えるタイプなのか分からなかったけど、どうやら、前もって嘘を考えておくタイプみたいだね。だけどさすが、頭の回転は速い」

 「だから、何言ってんだ?」

 「饒舌な人ほど嘘がバレやすい。だけど、饒舌な人ほど人から情報を得やすい。だから、饒舌な人は頭の回転が良くないと、自らボロを出す可能性がある。それでも、得られる情報にそれなりの価値があるなら、正体がバレても嘘を続ける」

 「・・・話が見えねえな」

 「クリスト、あんたがスパイかどうかは、さっきの答えで分かったよ」

 「まさか、間とやらだけで、俺を疑う心算か?吃驚しただけだ。まさか、俺をスパイだって思うとはな」

 順調に団子を作ったプライトは、今度は沸騰したお湯にそれを丸めて入れて行く。

 ただぐつぐつという小さな呻きだけがそこに響くが、プライトもクリストも、笑みを崩すことはない。

 「さっき俺が質問したとき、瞳孔が開いた。唾を飲み込んだ。眉が動いた。唇を一瞬強く閉じた。拳を作った。・・・色々と根拠はあるけど、咄嗟の嘘に、当然反応を示す。それが人間だよ」

 「もしも俺が本当にスパイだとして、なら、ルーマとは仲間だったってことか?俺とルーマに何か接点でもあるのか?」

 茹であがった団子を掬って冷水に冷やすと、プライトは次に団子にかけるみたらしを作り始める。

 視線をクリストに向けることもなく話しているため、目が合う事はない。

 「ルーマとの接点ねぇ・・・。確かに、そこを聞かれると何もないんだけど」

 「なら、ただの憶測だな」

 「でも、あくまでルーマはカルディアのスパイだからね。カルディア以外のスパイが潜り込んでいたとしても不思議じゃない」

 「俺の容疑は晴れないってことね。証拠もなにもないってのに、スパイ扱いされてもなぁ」

 並べた団子の上からタレをかけて完成すると、プライトはようやく顔をあげる。

 ジェシが食べたいと言っていたのに、その団子に手を伸ばしたクリストは、程良い甘さのそれを口に放り込む。

 口角をあげながら食べているクリストに、プライトはエプロンを外しながら告げる。

 「クロエマからのスパイでしょ?」

 ぴくり、と再び団子に伸ばした腕が、空中で止まったのを確認する。

 何事もなかったように、クリストは平然と笑いながら団子を食べ続けるが、プライトと目を合わせないようにしている。

 「そう考えれば、ルーマと繋がりなんかなくても良いし、ワーカーの内情を探って、あわよくば有利な立場に立とうとしてるクロエマであれば、納得がいくからさ」

 「へえ・・・。で?証拠は?」

 「証拠を求めること自体、自白してるようなもんだね。危うい立場になると、疑われることを恐れる。だから思わず、証拠を出せなんて言うんだろうけど、俺から言わせれば、スパイ容疑がかけられる人間は、大きく2通りに分けられる」

 「ほお・・・で?」

 「まず1つは、クールで無愛想だけど、仲間から頼りにされている実力のあるタイプの人間。もう1つは、人から好かれやすく、疑われずに情報を聞き出せ、なおかつ、実力を隠し持っているタイプの人間」

 「それはプライト、お前の自論だろ?例え俺がそのどちらかに当てはまっていたとしても、俺がスパイだっていう明確な証拠にはならない。ただの勘だからな」

 「まあ、ね。俺は、他人が入団してきた時点で、まずは疑う。歓迎なんてしてない。人が多ければ多いほど、紛れこむのは簡単になるからね。木を隠すには森に、っていうでしょ?すぐに溶け込む奴も、逆にまったく目立とうとしない奴も、必ず裏がある」

 「・・・もういいか?俺も暇じゃあないんだ。プライト、お前の話は面白いけど、俺を拘束するに値する理由には程遠い」

 「実は、プライトが怪しいと思ってたってアーサーに伝えたあと、ジェシにも協力してもらってたんだ」

 「は?」

 話しながら、プライトはクリストの目の前に立ち、襟元の裏側を指でなぞった。

 そこから何かを取り出すと、クリストの眼前に突きつける。

 「ジェシに近づくことが多かったから、上手く盗聴器をつけてもらったんだよね。怪しい動きをしない分、どうにかして連絡を取ってると思って。そしたら大当たりだったよ」

 クリストは目を見開き、プライトの手にある小さな盗聴器を奪おうと腕を伸ばすが、それよりも先にプライトが腕をひっこめて身体も捻ったため、奪うことは叶わなかった。

 いつもの顔とは違い、少し表情を歪めたかと思うと、またすぐに笑みに戻る。

 「参ったよ、降参」

 そう言って、クリストは両手を軽く上げた。

 「・・・って言えば、満足か?」

 あげた両手をすぐに下に下ろすと、プライトが持っている盗聴器を指さして言う。

 「本当にジェシが仲間だったらの話だろ?それの存在を俺は知ってて、わざとスパイのような行動を取ってたかもしれないだろ?」

 「わざわざそんなことをする意味は?」

 「俺が、この城に潜りこんだスパイを探るためだ。本物のスパイをあぶり出す為の作戦、とか?」

 「・・・って言ってるけど、どうする?」

 「はあ?」

 一体誰に話しているのだろうとクリストが怪訝そうな表情になったとき、キッチンの置くの方から、アーサーが出てきた。

 「アーサーまで一緒だったのか。いつからいたんだ?」

 「裏から入った。クリスト、お前にはクロエマとの駆け引きの材料として、しばらく監視下に置くことになった」

 「嫌だねぇ。嫌疑をかけられるくらいなら、死んだ方がマシだっての」

 アーサーがポルコとダイキを呼びだすと、クリストを拘束した。

 そして地下の牢獄に入れられたかと思うと、尋問が開始されたのだが、クリストはそれでもスパイとは認めなかった。

 一旦は尋問を止めさせると、アーサーはクロエマに対して抗議の手紙を出した。

 もちろん、ソルモのご意思で、だ。

 手紙を受け取ったクロエマは、スパイのこともクリストのことも知らないと否定していたが、これを境に、ワーカーとクロエマの友好にはくっきりと溝が出来た。

 そして手紙の内容は、少し前まで遡り、そもそも、スパイがいるなどということを言いだしたのはワーカー側で、司法の買い取りの件も本当は誤魔化していたのではないかとか、クロエマにスパイを送り込んでいるからそのような疑いをかけているのではないかとか、とにかく、一向に解決の糸口が見つからないまま、時間だけが過ぎて行った。

 だからといって、すぐには戦争という形にはならなかったのだが、スパイがいるかもしれないということだけで、仲間同士を疑い始めてしまう始末。

 それが本当のことなのかさえ、確認する術などないというのに。

 ワーカーもクロエマも、戦争は出来るだけ避けたかった。

 というのも、金もかかることだし、ワーカーとクロエマとの戦争となると、リスクの方が大きいと考えたからだ。

 ワーカー側は、勝てばクロエマの領土も金も手に入るが、負ければ司法も権力も奪われてしまうという事態で、その逆もまた然り。

 武力で言えば五分五分で、クロエマは金で雇った兵士たちが大勢来るかもしれないが、ワーカーは司法を持ち出してそれら全てを罰することも出来る。

 とにかく、ハイリスクハイリターンなこの状況をどう変えるか、ワーカー側もクロエマ側も、悩んでいた。







 「ソルモ様、どうされますか?クリストも口を閉ざしたままですし、クロエマとの関係もこれ以上悪くするわけには」

 「わかってるよ。けどしょうがねえだろ?クリストがスパイだって認めりゃ、あっちは俺に頭があがらねえ。けどこのままじゃクリストを拘束し続けるわけにもいかねぇ」

 「かと言って、このまま逃がすわけにもいきません」

 「そうなんだよなー。なんか良い手ねぇかなー。誰か交渉しに行ってくれねぇかなぁ」

 人任せなことを言っているソルモに、アーサーのもとに、1人の男がやってきた。

 「失礼します。あ、お取り込み中でしたか」

 「いいぞ、入れ」

 「ジモーネ、どうした?」

 「クリストの経歴を調べていました。とはいっても、ここに入団する前の記録が確かなものかどうか、確認することはできませんでしたが」

 「経歴か」

 見せてくれ、とアーサーが手を伸ばしたため、ジモーネはその資料を見せる。

 確かに怪しいことなどは何も記載されていないが、ふと、ジモーネが何気なく言ったこの言葉に反応を示す。

 「クリストというのが本名かどうかは分かりませんが、クリストの発音が時々変わっているところがあったので調べてみたら、とある地域に住んでいる方の方言のようなものだと分かりました」

 「とある地域?」

 「はい。“ヒユリナ”という地域です」

 「聞いたことない地域だな」

 「ええ。そのヒユリナという地域は、クロエマの領土内に存在していた地域でした」

 「存在していた?」

 ジモーネによると、ヒユリナとはとても小さな地域で、人口もそれほど多くなかったらしい。

 十年以上前に他の地域に飲みこまれ、その名は消滅してしまったとかで。

 「クリストは、そのヒユリナ地域の生き残りってことか。だとすると、クロエマの人間だったことは証明出来るかもしれないな」

 アーサーはソルモの前で片膝をつくと、ソルモは頬杖をつきながらも軽くそちらを見やる。

 「ソルモ様、私はこれからクロエマに向かい、この事実を突きつけてみます。どのような出方をするかは分かりませんが、話してみる価値はあるかと」

 「そりゃそうだけどよ」

 「あの、割り込んでしまった申し訳ありませんが」

 「なんだ、ジモーネ」

 そーっと、控えめに上げられた手に、アーサーとソルモは視線を向ける。

 そこにはにこりと笑っているジモーネがいて、今度は人差し指を出した。

 「アーサーはソルモ様の傍にいた方が良いと思います。アーサーがいなくなってしまったら、大変ですから」

 「まあそりゃな」

 「指揮する者がいない集団など、ただの子供の集まりのようなもの。ですので、その役目、暇な俺が代わった方が良いかと」

 ジモーネの提案に、ソルモとアーサーは互いの顔を見合わせる。

 確かに、アーサーは他の者たちをまとめる為にも、ソルモの右腕となってワーカーを守るためにも必要な存在だ。

 かといって、ジモーネはいなくて良いのかと聞かれれば、そういうことでもない。

 他に志願者がいるかと言うと、多分いるのだろうが、これから全員を集めて、そこから誰が行くかを決めるというのも時間の無駄。

 しばらく考えて、アーサーは決断する。

 「分かった。だが、無茶はするな。何かあったらすぐに連絡してくれ」

 「はい。もちろんです」

 ジモーネを見送ると、アーサーは事の次第をポルコたちにも報告する。

 「何かあったらすぐに対応出来るように」

 そう指示を出すと、アーサーはジモーネが馬に乗ってクロエマへ向かう姿を、じっと見据える。







 「テンド様、ワーカーから使いの者が来ました。話しをしたいと言ってますが、どうなさいます?」

 「使いの者?1人でか?」

 「ええ。そのようで」

 「へえ。まあいいや。武器は一旦没収しておけ。斬りかかってきたら溜まったもんじゃねえからな」

 「かしこまりました」

 門のところで剣を渡すように言われたため、ジモーネは大人しく渡す。

 そして数人の男たちに囲まれながら一室に歩かされると、今度はそこに入るようにと急かされる。

 「ドアを閉めろ」

 「しかし、テンド様」

 「いいから。何かあったら叫ぶからよ」

 そう言われ、渋々ドアを閉める。

 いきなり2人になった空間で、先に口を開いたのはジモーネの方だった。

 「久しぶりだな、テンド様」

 片膝をついているジモーネを、目を細めながら見ているテンドは、喉を鳴らして笑ったかと思うと、こう答えた。

 「ああ、久しぶりだな、ティーフ」


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