第1話

文字数 975文字

誰にでも帰りたい場所がある。家、故郷、大事な人のいるところなど、場所は人それぞれだ。
今の私にとってのそれはどハマりしているドラマの世界で、帰宅後はほとんどノンストップでドラマを上映し、食べる物を用意したりシャワーを浴びたりする時以外は回転椅子に座って、テレビの前から離れない。
スマホが鳴り、母からの着信だとわかった時にはひとまず放置し、落ち着いてからメールで「何?」と返す。
このドラマをもう何度観たかわからないが飽きることはなく、なんならセリフの一つ一つは大事な栄養素で、体に取り込み、血のように全身に行き渡らせたいと思っている。
今日もまたそんな夜を過ごしていて、話が終わったところでスマホを見ると、目を覆いたくなるような画面に0:50が浮かんでいる。大体何時間観たか計算すると、24:50引く……うん、けっこう観れたな。満足だ。
私は7時間は睡眠をとらないと翌日に響くとわかっているので、さすがにもう寝ないとやばいのだが、次の話が始まってしまった。ついまた観始めたが、眠いからというよりも惰性のようにドラマを観ることがもったいなくて、とりあえず一時停止し、女優さんが半開きの目で止まった。静寂があぶり出された部屋の中で、机の端を足でテンポよく蹴り、回転椅子をぐるぐる回しながら遠心力に身をもたれた。
好きな本やテレビの世界は居心地のいいものだ。この世界たちは、現実の痛みを癒やしてくれる。非現実的な作品も好きだが、リアリティーがあると説得力が増してのめり込みやすい気がするので、現実的なものも悪くない。
現実はなかなかしんどくて、自分の好きな創作物のような世界で生きられたらどんなにいいか。嫌な人がいない世界に行きたい。
椅子を回しながらふと、だけど、現実がフェイクだと思えばつらくないんじゃないかなと思いつく。現実は「現実」という名のフィクション、そう思えばつらさも紛れるかもしれない。私にとっての現実はこっちということにしようかな。
椅子を回したからといって時間が巻き戻るわけでなく、夜の闇は深まるばかりだ。もうこうなったら、熟睡して起きれなかったらいけないから、電気をつけたまま横になろう。
テレビを消してベッドに潜ると、頭の奥が鈍く重くなる。
おやすみ、私の愛する世界観。起きたらまた現実に行って来なくちゃ。だけど、明日になれば帰ってくるから待っててね。
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