Route16

文字数 1,988文字

 十六歳だった。
 いい季節だった。よく晴れて、夏で、夜だった。十六歳だからずっとそんな季節なんだと思った。

 ベンとベンの兄貴が機嫌よくて、車に乗っけてくれた。仕事終わりの兄貴はくたびれた顔を手のひらで擦ると力強くエンジンをかけた。ベンは助手席で、僕は後ろに乗った。あとでリーチを拾うとベンが言った。
 ベンは会った頃BEN DAVISのキャップを被っていたからそう呼んでいた。猿の絵のやつ。顔も似てるけど言うと怒ると思うから言ったことない。リーチの理由は忘れた。

 車は国道を走り始めた。夜に車で走ると昼より遠くに行ける気がしたから好きだった。
「ラジオ聞こえねえよ」
 兄貴が言った。
「お前なんのために助手席にいんだよ」
 ベンは揺れる車内でうまいこと缶ビールを飲みながらボリュームボタンを回した。
 兄貴のカーブの切り方は曲がり角が突然現れたのかってくらい雑だけど、ブレーキはフィギュアスケートみたいに滑らかだった。ベンの手元で急に音量がはじけてラジオが流れた。パーソナリティーが曲について早口で説明していた。とにかく、この曲をかけないと始まらないってワケだね。
 車はデイストアの駐車場に滑り込む。黒ずんだ看板のライトが光り、そこだけ靄がかかって見えた。

 年老いた店主は入り口から姿が見えないくらいカウンターに沈み込んで座る。
「暇そうじゃん」
 兄貴が軽口をかけた。カウンターに尻を乗せ、しなだれかかるようにして話す。店主は僕らの顔も見ない。染みついた姿勢を変えない。惰性で開けられる店。惰性で売られる品物。惰性で生きている店主。ブレーキもアクセルも錆びてる。
「あれ値下げすんなら頂戴よ」
 兄貴の口調を真似てベンが言う。棚の最下段で叩き売られる酒瓶を指す。
「飲めねえだろ」
「ボーリングのピンにする」
 ベンは店主に言い返し、手に持った缶をカウンターの上で転がす。缶は埃をかぶった募金箱にぶつかって止まる。
「遊んでばっかだと俺みたいになるぞ」
 店主が言った。レジスターをがしゃりとやって
「お前らはまだ間に合うんだぞ」
 とぶつぶつ続ける。あったはずの最後のチャンスを口惜しむみたいに。

 十六歳は最初のチャンスと最後のチャンスばかりあった。惰性で動いていることなんて一つもないのにずっとこのままな気がした。リーチが合流した。

 海行きましょうよ。リーチがきゃんきゃん言う。夜にドライブっつったら海じゃないすか。彼の声は高音で響く。二日酔いの時なんか殴りたくなる。
 南下するっていうけど確かに下っている気がする。僕らが国道十六号を走るとだいたい海まで行くからかもしれない。実際海へ向かうのだから地面は下っているんだろう。
 ナトリウムランプの作る影が、車の天井とヘッドレストの上をリズミカルに転がり続ける。窓を開けたらそれがもっと流れ込んでくるかと思って、頭の横の窓を開けた。影のかわりにどっと風が流れ込んだ。
「おい、窓開けんな」
 ベンが言ったが無視して頭を外に出した。頭もってかれるぞ、と兄貴が言うのが外から聞こえた。リーチの高笑いも。
 さっき買ったビールの缶を開けた。まだ冷えていた。冷たさと眩しさは似ていた。

 十六歳は車の免許は取れないがバイクには乗れた。酒は飲めないが買う金は稼げた。

 空き家行く?
 窓を閉めてから聞いた。
「ああ? もうだいぶボロいと思うぞ」
 兄貴が答えた。
「一年以上行ってないな」
 窓枠に肘を乗せて片手をハンドルにかけた兄貴は、昔たまり場にしていた海の近くの空き家の話をする。住居というより海に出るときの拠点のような小屋。仲間の誰かが見つけた。
「様子見に行くか」
 どこにあるんでしたっけ? 
「マジで海のすぐ」
「なになに?」
 リーチが新しい玩具を見つけたと思って口を挟んだが誰も答えなかった。
 車の走る音にかき消され、話し声は昔の記憶から聞こえてくるようだった。無理な車線変更の車に兄貴ではなくベンが悪態をついた。前の車も並走する横の車も揃って街灯を反射させていた。

 酒がダメなリーチがずっとチョコレートを齧るから車は甘い匂いがしていた。
 兄貴は未成年飲酒には寛容だけど飲んで運転は絶対にダメだと言って、酔ったベンがふざけてハンドルを触るのも怒った。酔ったベンと酔うはずのないリーチがラジオの曲に合わせて調子外れのハミングをした。

 十六歳だった。
 いい季節だった。暑くも寒くもなく、早くも遅くもなく、悪いことが悪くなり過ぎなかった。十六歳だからずっとそうなんだと思った。

 空き家はなかった。多分火事だった。焦げた家の土台が囲いも何もされず、もう二十年もこのまま忘れ去られている風格で残っていた。
 僕らはそこで焦げてひしゃげた金属とプラスチックをひっくり返したり蹴飛ばしたりしていたけど、小さな子供のようにすぐに飽きて、その日に車で走った事もろともあっという間に忘れてしまった。
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