蒼輝王の奇跡

文字数 2,000文字

 とある星のとある小さな国。中心に大きな山が聳え立つこの王国は、1つのとても大きな鉱山を持っていて、いろいろな宝石を採ることができました。この山で取れない宝石は無いと言われるほどです。その中に天海石という宝石がありました。瑠璃よりも深く、蒼玉よりも光を放つこの石は、病に苦しむ人がこの石を握ると、たちどころに癒す力を秘めています。しかし、この宝石はとても希少なものでした。山より掘り出されたその日の朝に、星明りとごくわずかな曙光をあてて、磨き上げる必要があるのです。そうしなければ、本来の輝きを持つことなく、平凡な宝石に成り果てます。ですから、幸運にも採掘した日には、程よく光をあてるためにも毎朝鉱山から麓の街へ走るトロッコの始発便に乗せなければなりません。また、その価値を狙う盗賊から守るために、たくさんの護衛をつける必要がありました。それでも石を磨くために必要な光の加減は非常に繊細で、本来の光を宿した天海石は現存しておらず、半ば伝説の存在となっていました。
 ある日、一人の少年が鉱山を訪れました。少年は天海石が欲しいのだと鉱夫たちに伝えます。鉱夫は笑って相手にしませんでした。しかし、少年は諦めるわけにはいかなかったのです。少年には病に伏した一人の幼馴染の少女がいました。医者には持ってあと1年と言われた命。他に手立てがないのなら、たとえ望みが薄くても天海石を手に入れるしかない。そう考えた少年は遠路はるばる鉱山にやってきたのです。
 周りの鉱夫たちの仕事を真似て、少年は暗い坑道で必死に岩を削ります。鉱夫たちは、最初こそ見て見ぬふりをしていましたが、少年の必死な様子に心を打たれて、次第に岩の削り方を教えるようになりました。少年が鉱山にやってきて1ヵ月ほどたったある日、小さな坑の先の岩を掘っていたところ、濃い群青の塊を発見しました。「見つけたぞ!」と少年は喜びのあまり叫びました。
 坑から意気揚々と出た少年を、鉱山の男たちが取り囲んで「でかしたぞ!」と口々に称えます。しかし、一人の皮肉屋が水を差します。「で、それをどう運ぶんだい。金はもってんのかい」と。男たちは静まります。始発のトロッコは盗賊たちの恰好の得物です。少年は一文無しでしたから、護衛を雇うことはできません。
 少年に選択の余地はありません。自分で見つけたものは自力で守り抜く必要があります。心配した鉱夫たちは、せめてもの護身にと頑丈なスコップを一つ少年に持たせました。鉱石を一つだけ乗せたトロッコは定刻になるとひとりでに動き始めます。少年はその横に並んで歩き、鉱山を後にしました。
 トロッコは麓の街へと至る森の中の道を静かに滑っていきます。夜明け前の濃紺の空にはいくつもの星が輝いていました。次第に、行く手の空の色が薄くなり始めます。小さな星から空の向こうへ消え始めたころ、少年の行く手に何人かの人影が現われました。少年は身構えます。ここが正念場。盗賊が現われたのです。長い外套に身を隠し、手元には鈍く光るナイフ。盗賊たちは、問答無用で少年に襲い掛かります。少年は手にしたスコップを遮二無二振り回します。僅かな星明りにナイフが光り、泥まみれのスコップが闇に応戦します。小さな影に油断した盗賊の、一人を打倒し、一人の急所を捉え、一人を転がします。しかし多勢に無勢。汗に滑らせてスコップを手から離したとき、少年は万事休すと死を覚悟しました。
 そのとき、驚くべきことが起きました。トロッコが一瞬青く光をともしたかと思うと、その次の瞬間、青白い光が一気にふくらみ、あたり一面を激しく照らしたのです。少年は咄嗟に目をかばいました。そして、おそるおそる再び目を開いたとき、さきまで自分を襲っていた盗賊たちが、みな地面に伏しているのを見ました。少年はトロッコに駆け寄ります。夜明け前の空のような光を宿した石がそこに転がっています。震える手で少年はその石を握りました。身体中の痛みや疲れ、それがたちまちに消えてなくなります。少年は、驚きと歓喜に胸が高鳴るのを感じました。
 麓の街からさらに2,3日して故郷の村に戻った少年は、真っ先に幼馴染の少女のもとへ駆けつけました。寝台に横たわる少女は、血の気がまるでなく、苦悶すら億劫に目を閉じて、呼吸は今にも止まりそうです。少年は少女の両手に青く輝く石を握らせます。するとみるみるうちに頬に朱がさして、少女は静かに眼を開きました。少女はしばし呆けた表情で少年を見つめていました。やがて少女はすべてを察すると、「ありがとう」と、かすれた声でほほ笑んだのでした。
 この英雄譚はやがて王宮にまで届き、真の石を持つ者として認められ、古いしきたりに従って少年は王の座につきました。のち、この慈悲深く勇気のある王は、多くの病の民を救う名君として国民から称えられたのでした。これがこの国に伝わる伝説、蒼輝王の奇跡です。
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