第1話

文字数 743文字

【風鈴】


 甲高い音色が風に乗り、私の耳に届いた。
いつまでも残響し、頭と心に深く存在を主張するそれに、帰宅するだけの用しかなかった私は思わず足を止め、辺りを見回した。

 運送会社の倉庫が軒を連ねるこの場所は、住宅の密集する橋向かいのエリアとは違い、大型車が楽に行き来できるようにととにかく道幅が大きく作られている。
 風鈴なんて、そんな気の利いたものを下げる所なんてあっただろうか。あったとしても、こんなに近くに聞こえるはずかない。
 なぜなら私がいるこの場所は、大通りのすぐ隣、この辺りで最も交通量が多く建物からもかなり離れた場所なのだ。
早朝ということでピーク時に比べれば確かに静かな部類に入るが…


 最初の二度だけ鳴った音は、今は聞こえない。
昨夜の名残で今にも泣きそうな薄曇りの空は、臨海独特のベタつきをもっているものの、そよ風すら吹いてはくれなかった。


 まだ耳に確かに残っている夏の音が気にはなったが、私は諦めて家路につくことにした。
今にも泣き出しそうな空だが、なんとか家くらいまでならもってくれるだろう。

 駅へ向かって再び歩きだした私の顔に、ポツリとひとつ滴が落ちた。

(言った矢先にコレかよー!)

 恨むように濁り空を見上げると、傍に壊れた電灯が立っていた。
今まで在る事にすら気づかなかったが、私の身長よりだいぶ高い位置、錆びた電灯を風が陰を揺らすのが目に入った。

腰から連なるキーチェーン、紐と重力で限界に延ばされた太い首、力を無くしてだらしなく垂れ下がるだけの手足、まだ乾ききらずに流れ続ける分泌物。




残暑も厳しい朝の海に、チリンと金属がぶつかり合う音が高く響いた。



その音が風鈴に似ているな、と私は思った。


<続く>
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