24時50分
文字数 1,056文字
24時50分
彼女はもう、眠っただろうか。
日付が変わる前には会社を出たかったのに、今日も帰宅すればこんな時間だ。月曜から今日まで5日間、ずっと。年度末というのはとかく忙しい。残業を減らして、テレワークにして、なるべく定時に帰って・・・俺の毎日はそんな理想とは程遠い。
ただただ、忙しい。
俺の能力が追い付いていないのではないかと日々疑っているが、どうもそうではないような気もする。部下のしりぬぐいをしている時間が、異様に多いことに最近気が付いたからだ。
「また連絡できねぇ」
仕事中に個人的なLINEを送れるような余裕はとてもじゃないが無い。
朝はバタバタと出社して、昼飯もろくに食わず、帰宅はこの時間とくれば、電話は当然、メッセージのやり取りさえも俺からの返事は先週の日曜日が最後というありさまだ。彼女は寂しいとか、どうしてるのとか、そんなことは一言も訊いてこない。それが逆に恐ろしい。歴代の彼女を参考にするならば、俺はそろそろ振られそうだ、という結論に達する。
「やべぇな」
このまま終わらせるわけにはいかない。本棚の片隅に置かれた小箱は俺の将来への決意のたまものなのだから、このまま用無しなんてことになったら笑うに笑えない。
だからと言って疲れ切った頭で解決策が浮かぶはずもなく、ぐったりと重い身体を引きずってシャワーを浴びる。
シャワーでほんの少し生き返った後は、殺風景な冷蔵庫から缶ビールをあけて空っぽの胃に流し込んでいると、不意に着信が知らされる。
「え?」
こんな時間に彼女からの電話は初めてだ。
いよいよ別れ話なのかと畏れつつそっと通話ボタンを押す。
「あ!でた!」
以外にも明るいいつも通りの声。
「おう、悪ぃな、ずっと連絡しねぇで」
「生きてるならそれでいいよ」
「一応生きてるわ」
「明日行っていい?ご飯作る!」
「助かる」
どうやら、今夜のところは別れ話はされないらしい。
「明後日も行っていい?」
「どっかでかけるか?」
「ううん。洗濯と部屋の掃除する」
「それはしなくていい」
確かに洗濯は溜まっているが、寝に帰るだけだから部屋はそう荒れてもいない。それに家政婦じゃないのだからそんなことまでしてくれなくていい。
「明々後日も行っていい?」
「仕事休みなのか?」
「火曜日もいっていい?」
「連休取ったのか?」
「水曜日もいっていい?」
「どういうことだ?」
「その部屋に、住んでいい?」
ああまさか、別れ話かと思って出た電話が、こんな結末だとは。
少し急ではあるが、本棚の片隅の小箱は、明日その役目を果たすだろう。