第1話(4)木克土

文字数 1,844文字

「……」

「させるかよ! 『木の枝』!」

「………」

 栞が印を結ぶと、彼女の周囲から木の枝が生える。

「それっ!」

「!」

 木の枝が伸びて、泉の体を絡め取り、栞の方へと引っ張る。

「泉、大丈夫か⁉ しっかりしろ!」

「ぐっ……は、はい……」

 泉が自らの腹部を抑えながら、栞の呼びかけに応える。

「とりあえずは無事か……」

 栞はほっとして呟く。

「す、すみません、お手を煩わせてしまって……」

「へっ、これくらい気にすんなよ、困ったときはお互いさまだ」

 申し訳なさそうにする泉に対して、栞が微笑む。

「ありがとうございます……」

「礼も要らねえっての」

「…………」

 腐った死体たちが栞たちの方へと近づいてくる。

「さて、どうしたもんかね……首を飛ばしても駄目だとは……」

「ご覧になったように見た目よりも素早いです」

「足も腐っていやがるのにな。どうやって走ってんだが」

 栞が苦笑する。

「厄介ですね……」

「……………」

 腐った死体たちが栞たちを包囲しようとする。

「また囲んできやがったか……」

「くっ……」

 しゃがみ込んでいた泉が立ち上がる。

「おいおい、あんまり無理すんなって」

「いや、ここは無理をする局面です……!」

 泉が声を上げる。

「そうか? とりあえずはオレに任せておけって……」

「もちろん、栞さまにお任せします」

「うん? それじゃあ、お前はどうすんだよ?」

 栞が首を傾げる。

「全力で逃げます」

「お、おい! 自分だけ逃げんのかよ⁉」

 泉の思いもよらない言葉に栞が声を上げる。

「……半分冗談です」

「半分は本気なんだな……」

「ふふっ……」

「いや、ふふっ……じゃなくてな……」

「この場で揃って斃れるよりは賢明だと思いますが」

「まあ、それはそうだが……」

 栞が顎をさする。

「いかがでしょう?」

「……それしかないか」

 栞が頷く。

「ただ……」

「ただ?」

「今の私の脚力ではこの者たちを振り切れないと思われます」

「ああ……」

「非常に口惜しいですが……」

「このまま揃ってやられることになるのか……」

「……栞さま、死体に噛みつかれたいのですか?」

「アホなこと言うな。そんな願望、微塵もねえよ」

 栞が肩をすくめる。泉が微笑む。

「そうですよね。安心しました」

「吞気に安心している場合じゃねえぞ」

「分かっています。ここは……」

「ここは?」

「栞さまのご奮闘に期待します」

「期待されてもな……」

 泉が栞の方に向かって、両の拳をグッと握る。

「頑張ってください」

「お、応援されてもな……」

 栞が自らの後頭部をポリポリと掻く。

「……………」

「死体どもがじりじりと迫ってくるぜ、どうするかね?」

「分かりません!」

 栞の問いに対し、泉が元気よく答える。

「は、はっきりと言うな……」

「こういうことははっきりとさせた方が良いと思いまして」

「お前さんでさっぱりなら、オレはお手上げだ」

「お困りのようだね……」

「ん⁉」

 栞が驚く。自らの側に、手のひらほどの大きさの人の形をした紙がひらひらと舞って、それから晴明の声がしたのだ。泉が呟く。

「お師匠さまの式神……ご覧になっているのですか?」

「ああ、その人形の紙を通してね……」

「ヒマしてんじゃねえか」

「優雅に休日を過ごしていると言ってくれ」

「それはどうでもいい……なんだ、冷やかしか?」

「その腐った死体たちの対処法を教えてあげようかなと思ってさ」

「わ、分かるのか⁉」

「ああ、なんとなくではあるけれどね……」

「なんでも良いから、早く教えてくれ!」

 栞が式神をグッと掴む。晴明の苦しそうな声が聞こえてくる。

「く、苦しい……は、離してくれ……」

「あ、ああ、悪い……」

 栞が式神を離す。

「……おほん、あの者たちに有効なのは、火で燃やすことだ!」

「……俺は火の術は不得手だ」

「あれ、そうだっけ?」

「そうだよ! 師匠なら弟子のことを把握しておけ! 紙引きちぎるぞ!」

「ま、待った! あの者たちは土の属性だ……ということは栞、木の術を扱える君なら克つことが出来る……! 『木克土』だ!」

「ああ、木は土の養分を吸い取るってあれか? しかし、吸い取るほどの養分があるようには見えねえが……」

「逆に考えてみたまえ、相手は死体だ……」

「……そうか! 『木生』!」

「⁉」

 栞が印を結ぶと、腐った死体たちの体から木が生え、腐った死体は崩れ落ちて霧消する。

「瑞々しい生命の力で、死体を圧倒すると……」

「そうだ、泉。しかし、よく思い付いたね栞、君特有の捻くれ具合が上手くいったのかな?」

「やっぱ引きちぎろうかな、こいつ……」

 栞が紙の式神を睨む。
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