『Dear My Sweet Honey』

文字数 3,162文字

 私はいつものパートが終わって、素敵な夕暮れを見ながら帰宅した。

「今日も私頑張った。お疲れ様でした。さてと、お夕飯の準備しなくちゃ」

 家事も日課になっている。今日はご飯とお味噌汁、お魚の煮付けと、酢の物にした。私の職場でもあるスーパーで、割引シールが貼られていたやつを買ったものだ。

「ふんふふ~ん♪」

 鼻歌交じりに料理を作っていく。旦那ももう少ししたら帰ってくるだろうし、その時までには作っておきたい。

「食べてもらうなら、やっぱり暖かいものじゃないとね♪」

 ウキウキしながら料理を作っていく。そして、いつもならこの辺りで旦那の「ただいま~」と間延びした声が聞こえてくるのに、今日に限って聞こえてこなかった。

「あら?変ね?残業でもあったのかしら?」

 たまにそういうこともある。

「まぁ、作ってしまったものはしょうがないわ。お味噌汁もご飯も保温しといて、帰りを待ちましょう」

 しかし、この日はいつもと違った。

「流石におかしいわね?こんなに遅い日はそうそうなかったはずなのに……それに遅くなるならいつもちゃんと連絡を入れてくれるのに……まさか!何かあったんじゃ!」

 私は不安にかられて、急いで旦那に電話する。が、繋がらない。その後旦那の働くお店にも電話を掛けたが繋がらない。一気に不安が膨れ上がる。大きな声で「あなた」と叫びながら家中を探す。が、見つからない。最後に旦那の書斎に入った。そこに目当ての人物は居なかったが、一通の手紙がまるで読んでくれと主張しているかのように鎮座していた。

「愛しの君へ?どういうことかしら?」

 私は手紙を取り出し、読んでみることにした。

『Deer My Sweet Honey』

 のっけから何?と一瞬イラッとしたものの、読むことにした。

『ああ、愛しの君よ。僕は胸が引き裂かれそうな痛みを感じながらこれを書いている。子の痛みを君にはわかってほしいが、それはわがままというものだ。』

 再度イラッとする。破り捨てようかとも思ったが、なんか嫌な予感がするため読み進めることにする。

『君は覚えているかい?僕たちが初めて出会った、あの素敵な街を。僕は一生涯それを忘れることは無いだろう。なぜならそこには君との思い出が沢山あるからだ!』

 ……思うところはあるが、最後まで読もう。

『僕がどれくらい君を愛しているか分かるかい?おっと、今君はそのくらい分かるとか思ったかもしれない。だけど、残念僕のほうが君のことを遥かに愛しているということは自明の理だ!』

 とうとう気が狂ったのだろうか?

『君を賛美する言葉はいくつあっても足りることはない。かのシェイクスピアですら、僕のこの溢れ出んばかりの愛情を文字で表現するのは不可能だろう。僕はそれくらい君を愛しているんだ!』

 ……。

『そんな君だが、最近少し変わってきてしまっていることに私は残念でならない。昔はもっと可愛かったのに、もっと可憐で儚げな、そう、触れたら壊れるような繊細さを持っていた。』

 ……。

『僕は日に日に君が変わっていくことに耐えられない。なぜかって?君がどんどん醜悪で醜く見えてしまうからだ。昔の君はとても美しかった。が、今はどうだろうか!この変わり果ててしまった君を見ているのは、僕はとてもつらい!』

 ……。

『そんな日々のなか、私は可憐な一輪の花を見つけてしまった。そう、見つけてしまったのだ!そう!例えるなら、真っ赤に咲くバラの花を!君を以前ラベンダーの花のように美しいと言葉にしたね。だけど、今やそのラベンダーは枯れ果てて朽ちてしまった。』

 ……。

『僕はラベンダーも好きだがバラも好きだ。同じ花だからと言って、一緒くたにするものではない。それらにはそれぞれ良い点がある。それは君も分かるだろ?僕はその一輪のバラにときめいてしまったのだ!』

 ……。

『それはネオンの輝く素敵な夜景の見える場所でのことだった。僕は気高く、凛々しく咲く一輪の真紅の薔薇を見つけてしまった。見つけてしまったのだ!僕はもう夢中になってしまった。分かるだろ?ラベンダーの花も美しいが、バラの花も美しいのだ。それは比較するものではなく、互いに愛でるものだ。』

 ……。

『だが、どうだろうか。一方のラベンダーは枯れて朽ち果てている。もう一方のバラは優雅に美しく咲いているのだ。僕はそのバラに恋してしまったのだ!わかっている!君の気持ちは!だけど、僕はそのバラを愛でることが楽しくて仕方がないんだ!』

 ……そろそろ切れていいかな?

『僕は今この生涯の中で一番輝いているひとときを過ごしている。泣かないでおくれ愛しの君よ。これはしょうがないことなのだ。花という種類で一括りにすることは僕には出来ない。それぞれの花の特徴があると思う。僕はその中でもバラを、今はバラを愛してしまっているのだ!』

 ……これ、いつまで続くんだろうか。

『だから、悲しまないでおくれ愛しの君。僕は君に溢れんばかりの愛を注いだ。その美しき日々は過ぎ去ってしまったのだ。もう僕は君に愛情を注ぐことはできなくなってしまった。さようならは言わないよ。僕は君がまた可憐で儚く、手で触れたら壊れそうな、あの頃の君に戻るのなら、僕は君に愛情をたっぷりと注ぐだろう。』

 ……。

『だから、僕が少し君から離れている間に、美しく返り咲いてほしい。僕はその間、愛しの美しきバラを愛でておくことにした。さようならは言わないよ。だから、また戻ってきておくれ。愛しの君よ。』

 ……。

『この別れは一時的なものであることを再度言わせてもらうよ。君があの頃のように戻ってくれるなら、僕は喜んで君の元へと舞い戻るだろう。僕はその日を待ち続けている。僕の愛しの美しきバラと共に。』

「僕の愛しの美しきバラと共に……だとぉ?」

 私は決壊寸前のダム。だけど、そろそろ決壊させてもいいよね?

「ふざけるな!!!!!この変態助平親父!!!!!絶対に!!!!!絶対に許さないからね!!!!!これで何度目よ!!!!!覚悟しなさい!!!!!」

 それはもう近隣住民が驚くほどの声だったという。



「さあ、始まりました!本日のワイドショーです!今日の話題はこちらから!なんと、三角関係で妻が夫と愛人の所へ殴り込み、警察沙汰になった痴話喧嘩の話題です!皆さん疑問に思うでしょう。なぜこんな些細な話題が、今日のトップ記事なのか!ななななんと!旦那が92歳で、妻が45歳!愛人はなんと87歳!合計で224歳の三角関係の話題なんです!なんでも、旦那が奥さんに手紙を残して消えたのをものの数分で見つけ、愛人宅へ怒鳴り込んで行き、そのまま奥さんが大暴れ!近隣住民が通報し、警察が到着し、奥さんをなだめるのに5時間かかったという壮大なドラマがあったのです!そして、さらにさらに、この旦那の浮気は今回が初ではなかったそうなのです!以前も度々起こしており、今回は愛人6号だとの話も聞こえてきました!当局が調べたところによりますと、愛人一号が73歳、愛人2号が85歳、愛人3号が92歳の同級生、愛人4号が愛人2号。愛人5号が愛人1号、そして、今回が6回目とのことだそうです!登場する愛人、なんと合計で474歳!凄い修羅場が起こったわけであります。この旦那さんは毎回必ず手紙を残すそうです。毎回違う内容ですが、書いた内容がとてもおもしろいとのことで、我々取材陣は、その手紙の内容を入手に動き出し、見事そのうちの一通、最新の手紙の内容を入手しました!という訳で、最初はその手紙の全文をまとめたVTRをご覧頂きましょう!」
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