竹取の明菜

文字数 4,999文字

「明菜ちゃん、この子お願い」
小学生くらいの女の子を連れて、佐藤さんがイベントのテントに向かってやってきた。

「迷子みたいなんだ。でも何も話してくれなくて……困ったな……」

今日は地域活性化のためのイベントの日で、たくさんの人で賑わっている。
緑の美しい参道の端に受付の白いテントが設置され、私はそこで受付業務を行っていた。

今日はコスプレ撮影会や、現代アートの展示を行っている。
いつも静かな参道は、今日は活気に溢れていた。

「迷子の子、私代わります」

コスプレ参加者の受付が終われば、受付の仕事は終わりとなる。
後は周辺地図を受付に置いて、場所が分からない人に道案内をするだけだった。
「ここは受付だし、お子さんと待っていれば、親御さんも来られるんじゃないでしょうか。こちらに迷子のお子さんがいることは、本堂前のテントにも伝えます」
私は無線で本堂前に伝えた。
「ありがとう。じゃあ、お願いね」

佐藤さんを目で見送った。

女の子の格好はとても奇抜だった。
コスプレ参加者の娘さんかもしれない。私は参加者リストをめくった。
名前と年齢を何枚か見てみるが、該当するような人はいないし、そもそも、私もこの子を、一度もチェックしていない。

「お嬢ちゃん……それは、何の格好?」
「ガングロギャルだよ」
「えっ」
ガングロギャル? 真っ黒な肌に大きな付けまつ毛、脱色した白い髪で、女子高生の格好をしている。
小学校低学年くらいだろうか。
「憧れていたんだよね、こういう格好」
「ホォ……」
私は返答に困ってしまったが、ませているのがかわいらしくはあった。

「ねえ、お姉さんは何してる人?」
「私? 大学生だよ」
女の子は一瞬考え事をして、また聞いた。

「国語国文学科、中古文学専攻?」
「ううん、文学部だけど経済学部だよ」
ピンポイントで聞いてくるので、私は心の中で笑った。

そう、今日の地域活性化のイベントも、
近くの商店街の人と、経済学部のゼミの仲間で企画したものだった。

「そう……」
女の子はがっかりした。

「ねぇ、『竹取物語』って知ってる?」
「もちろん」
今度は顔が明るくなった。

「ジブリの『かぐや姫の物語』、私も見たよ」
途端に表情が暗くなる。

「そっちじゃなくて……。まあ、いいや。あのね、かぐや姫の[罪]と[罰]って、結局、何だったと思う」
「えーーー」

なぜそんな話? 私は多少混乱しながらも、顔の笑いは崩さなかった。

「ェーっと……」
「ジブリの解釈ではなくて」

「うーん。不倫とか、かな……」
突然そんな事を問われても、それしか思い浮かばなかった。
しかし、子供相手に不倫とは何だ。
私の体が緊張で強張ったが、説明せずにすんだ。

「ああ、不倫」
女の子がこともなげに言ったからだ。私はかなりほっとした。

「なるほど。いいと思う。じゃ、月で犯した[罪]が不倫なら、[罰]は何?」
「えぇーーー」
地球に流されたこと以外に?

「ェーッと。興味のない人から、興味を持たれたことじゃない」
もはや何の話をしているのか私自身が分からない。

「うん、なるほど。いいと思う。それでやってみるね」

そう言うと女の子は、両手を胸の辺りで握って目を閉じた。
それはお祈りのようだった。

すると私の耳元で、キーーーーンと酷い耳鳴りが始まった。
だんだん大きくなっていくので、冷や汗ではなく、脂汗が出てきた。
そして大音量が聞こえる時の、体が振動する感覚さえ感じてきたので
思わず両手で自分の頬を挟んで耐えたが、その瞬間耳鳴りがやんだ。

「違うみたい」
「何が!」

私の耳鳴りを彼女が起こしたように錯覚してしまい、思わず大きな声で反応してしまったが……私はハッとした。
しかし、女の子は私の汗を見て、ごめんなさいと言った。

「えっと……」
耳鳴りの原因は彼女なのだろうか?
「今何したの、私に」

女の子は私に顔ごと向けて言った。
「何もしていない。でも、月と通信した」
「……」

「お姉ちゃんに影響があるとは思わなかった。ごめんなさい」
「……」

「始めからお話するね。今日は時間がなくて、急いじゃったの。お姉ちゃんじゃないかもしれないし」
その時、私は気がついた。
さっきは小学校低学年くらいだったのに、今は高学年ぐらいに大きくなっていた。

「私は、『竹取物語』のお話の中に住んでます」
「もしかして、かぐや姫?」
「はい」

かぐや姫とは似つかない、真っ黒な肌の顔で彼女は頷いた。しかし、奇抜な化粧をしているから、素顔がどんななのかは分からない。

「かぐやんって呼んでください」
そう言うと、また中学生くらいに成長したように感じた。

かぐやんの姿が大きくなっても、周りは気がつかない様子だった。
皆がそれぞれ、自分達のしたいことに夢中だからだ。

「かぐやん、月からやってきたんじゃなくて、『物語』からやってきたの?」
「はい。『竹取物語』は人の想像力から生まれ、みなさんに語り継がれてきた物語ですから、想像の中で生きていると言ってもいいかもしれません」

「うーん……何だか複雑だなあ……」
私は眉間に皺を寄せた。
「森さんだったら良かったんだけれど。国文学科のお友達」

「私は決まった人にしか興味を持ちません。私はお姉さんに興味を持ったから、お話しました」
「そうなの? ありがとう」
今は高校生くらいに成長したかぐやんを見て、私はお礼を言った。受け答えも女の子から、敬語ができる、少女が話すようになった。

「どうやら、『竹取の翁』に関連した人のところに来るようです。いつも」
「いつも?」

「帝の代が変わると、『物語』の月から流されてきます。でも、『竹取物語』が素晴らしすぎる為、それ以降の物語は語り継がれず、忘れ去られてしまいますが」
「うーん……」
よくは飲み込めないが、かぐやんが
かぐや姫なのは、私には分かった。

「天皇の代が変わると来るなら、今まで何回来たことになるの?」
「帝の代だけで数えるなら、八十回以上ですが、一代で二回来ることもありました。今回は、平成初めに来ています」
「じゃあ二回目だ、平成は」

「平成の時代をみなさんが懐かしむので、平成が始まった時の熱気と、同じくらいの力が働いたんだと思います。この格好は、私の憧れです」
「そうなの?」

「こんな格好をしてみたかった。いつも黒髪だから。今回は二回目だから、特別に力を使わせてもらいました」
「力でメイクするんだ」
私は感心した。

「それで、今回来たのは流されたからではありません。パワーの渦に乗って、私の希望で来ました。次に、自分の希望で来られるのはいつか、分かりません」
「望んで来たのはどうして?」

「最初の[罪]が関係しています。『竹取物語』で犯した罪を、私はずっと何度も、繰り返しています。その為、『竹取物語』でのラストで私は月に帰りましたが、また地球へ流されてくるんです。でも、『竹取物語』にはその罪がはっきり書かれていない」
「それがいいんだよね。ひとりひとり、いろんな解釈ができるのが、文学の魅力だし」

「実は、その[罪]と[罰]を、地球で思い出せれば、この物語を終わらせることができるんです」
「なるほど。地球では、月で何をしてしまったのか、かぐやんも忘れているってこと?」

「はい。でも、それを思い出し、ここ地球で悔いて謝れば、この物語は終わるんです」
「うーん」

「[罰]は、地球に流されたことと、あともう一つあるのかもしれません。ここで、何か償いや学びを行わなければ、期間が満了して月に帰ったとしても、また戻って来ることになるんです」
「でも、月では思い出すんだよね?」

「はい。でも、地球に来ると、それが何だったかを忘れてしまうんです」

「ああ、それでさっき私に聞いたんだ」
かぐやんは、頷くと同時に光り輝き、女子高生くらいの年齢になった。

「それで、できればお姉さんが竹取の翁と関連しているかを知りたいんです。ご実家で扇子や団扇を作っていらっしゃらないでしょうか」
「ううん」

「おじい様が、たけのこが取れる山などを所有されていないでしょうか」
「持ってないなぁ……」

「そうですか。でも、お姉さんに興味を持ったから、きっとお姉さんに関連してると思うんです」
「名前かな? 私、竹林明菜って言うから。竹取の翁に音が似てる、なあんて。違うか」

かぐやんは、ぱっと明るく笑った。
「ああ、やっぱりお姉さんがキーマン」
「いくらなんでもそれはないんじゃないかな。自分で言っておいてなんだけど」

「でも前回は、讃岐の郷土料理屋さんをされている、(みやこ)さんという女性にお世話になりましたから」
「ああ……讃岐造(さぬきのみやつこ)……。確かに、音は似てるね。でも、都さん、失笑(おおわらい)してたでしょう」

私が脱力して言うと、
「はい、喜んでらっしゃいました」
かぐやんは言った。


 長くなりそうなので、私たちはテント内の椅子に腰掛けて、ペットボトルのお茶をすすった。

「私思ったんだけど、[罪]って、実はいいことをしたんじゃないかな」

「たとえば?」
かぐやんは、今は私と同じくらいになって、なった途端にタメ口になった。

「キング牧師みたいに、月で公民権運動みたいなことをしたんだと思う」
「人権運動を?」

「私ね、罪を犯して地球に流されてきたのに、帰る時にはたくさんの人が迎えに来てくれたのが、中学の時どうしても理解できなかった。
でも、罪っていうのは、月の人が決めたことであって、かぐやんは月のために何かいいことをしたんじゃないかな」
「そうなの?」

「うん。でも、いい事をした人が、いつも評価されるとは限らない。かぐやんは月の人たちのために何かをして、
その度に他の考えの人に咎められるんだよ。そして地球に流される。でも、ここで地球の人権運動の歴史を見て、帰ればいいんじゃないかな。何かの役に立つかもしれない」
「そうなの?」

「そうだよ! 地球のこと、お付きの人に散々に言われたけれど、きっと地球はいいところだから……かぐやんは何度も来てるんだよ。物語は終わらせなくていい。私がそう思ったから、今回は私の物語の中で生きればいいんじゃないかな。」
「そう? 明菜、ありがとう」

「ねえ、勉強したことは忘れても、勉強した内容は覚えていられるかもしれないよ。スマホでマララさんのニュースでも見てて。今日本に来てる」
私が勝手な解釈を信じたので、かぐやんは納得した。
私がスマホを渡すと、持ったまま目を瞑っていた。かぐやんはさっき自力で月と通信をしていたし、検索しなくても、情報を受信できているのかもしれない。
私はイベントの片付けのために、一度かぐやんを置いて神社へ向かって走った。


その日、私はかぐやんとアパートに帰った。
私が打ち上げに行かなかったことを彼女は気にしたが、飲み会はいつでも参加できる。

お風呂から上がると、かぐやんは黒髪で色白の本来の姿に戻っていて、私が持っている経済学の本に目を通していた。
月の人だから表紙に頭を置いたら、内容が入るくらいのことができそうだけれど、私が見たところページをめくっていた。

「明菜、ありがとう」
「ううん。明日、帰るの?」
私はベットに横になりながら机の前のかぐやんに聞いた。
 
「分からないけど、多分そう。一日でここまで大きくなってしまったから」
「そう……ねえ、今回来ないよね?迎えの大行列……」
「来ないと思う。心配させてごめんね。帰るころになったら私も分かるから。こちらも準備ができたら、お世話になった人に手紙を残すの。それが帰りの合図」
「そっか……翁と帝にも、最後にお手紙残して帰っていったんだっけ……」
私はいつの間にか眠りに落ちた。

 次の日、起きると彼女はもういなかった。
机の上に、置き手紙がある。

[明菜、ありがとう。新しい帝が即位されたら、また地球にやってきます]

かぐやんが無事に帰ったようなので私は一安心した。
私は講義に遅れないように、朝の身支度を始めた。
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