八百万の旅籠
文字数 3,000文字
「ようこそ!八百万の旅籠へ!」
「旅籠とは随分懐かしい響きじゃのぉ」
「古き良き時代を思い出していただこうと思い、此の名を付けました」
「良きことじゃ」
「そう言っていただけると、此処の主人として感涙の極みでございます」
「なかなか良いのぉ」
「因みに、普通の御部屋もありますが、特殊な御部屋もございます」
「ほぅ、特殊な部屋じゃと?」
「はい。皆さんを古き良き時代へと誘う、八百万の部屋と言う部屋がございます」
「それはどの様な部屋なのじゃ?」
「はい。普段では見かけることのない道具が多数取り揃えてある部屋でございます。寝心地はあまり良くないかも知れませんが、携帯用枕の貸出や、かんざし、櫛などの貸出もいたしております。勿論サービスでございます。その他にもキセルなどもご用意致しております」
「それは何とも凄いのぉ」
「当旅籠の特別室でございます」
「その部屋は空いておるのか?」
「はい。此の御部屋は基本的には直接当旅籠へ来て頂いたお客様のみにご提供させていただいております」
「そうか、ではその部屋を」
「料金は此のくらいですが如何でしょうか?」
「うむ、ちと高いが、気に入った。その部屋に泊まらせてもらおう」
「ありがとうございます。それではお荷物をお預かりします」
「うむ」
「みんな、お仕事の時間だよ」
『はーい』
―――――
昔々、一軒の旅籠が有りました。なんでもその旅籠では旅人が度々行方不明になるとの噂。そこの主人はその様なことは無いときっぱり言っておいでだが、市井の人々からすれば垂涎物の噂である。
日本には古来より妖怪というものが存在しているとされている。さてさて、此の旅籠には一体どの様な妖怪が棲んでいるのだろうか。その話題で町中盛り上がっている。
曰く、座敷わらしが居て、幸運を運んでくると。
曰く、牛鬼が居て、美しい姿で近づき、そのまま食われてしまうと。
曰く、何らかの祟か呪いで、金縛りになり、そのまま黄泉へと引きずり込まれると。
噂は尽きないものである。
そんな中、一人の旅人がその旅籠を訪れた。
「旅で噂を聞いてやってきたのだが、妖怪の出る旅籠というのは此処で間違いは無いか?」
「その様な噂にはなっておりますが、決してそのようなことはありません」
「噂になっているのであれば、此処に泊まらせていただけぬだろうか」
「お泊りですか。わかりました。それでは部屋へとご案内いたします」
「うむ。かたじけない」
「それではお荷物をお預かりします」
「うむ」
こうして旅人はとある部屋へと通される。そう。八百万の部屋である。
―――――
「如何ですか?」
「おお、何とも古めかしい道具が多種多様にあるみたいじゃの」
「お気に召して頂けましたでしょうか?」
「おお、気に入った、気に入ったぞ」
「それでは、ごゆるりとお過ごしください。当旅籠のルールはそちらに書いてありますので、決して違えることは無いようご注意くだされ」
「ルール?なんだか分からんが、そのとおりにしよう」
こうして、ご老人は八百万の部屋に泊まった。食事も精進料理で、多彩な物であった。風呂に至っては、部屋に備え付けの風呂が2つある。一つは檜風呂。もう一つは石で出来た露天風呂である。贅沢の極みである。
「そう言えば此処の主人が、ルールがどうのと言っておったな」
老人はルールの書いてある紙に目を通した。
「何とも懐かしい」
そこに書いてあったのは、古い言い伝えであった。例えば、夜に爪を切ってはならないとか、朝蜘蛛を殺してはならない等々。様々な、多岐にわたって書き記してある。
「ほぅ、面白いルールじゃのぉ」
ご老人は最後までルールを読んだ。懐かしいルール、知らないルール、色々あった。変なルールもあったりした。そして、ふと思い出した。
「なるほど、八百万の部屋か……言い得て妙じゃのぉ」
八百万の神々や言い伝えにあるような妖怪に対する礼儀作法が書かれていると思えば、道理が通る。
「ルールは守るものじゃ。さて、消灯時間についても書いてあったの。まだ時間ではないが、そろそろ寝支度をするとしようか」
こうして、ご老人は寝支度をし、床に就く。
―――――
「此処が噂の部屋であるか」
「いえ、噂という程ではございませんが、そうですね。この部屋で良く何かが起きると代々伝えられております」
「そうであるか」
そう言うと旅人は色々な道具が置いてあるこの部屋を見て、感心する。
「それにしても、良く手入れが行き届いている道具ばかりではないか」
「恐縮でございます」
「いやいや、これほどまで手入れしていて、更に謙遜も過ぎれば嫌味であるぞ?」
「それでは、ありがとうございます。と、そのお言葉受け取らせていただきます」
旅人はお気に召したようだ。
「それから、此処の部屋には守っていただきたい規則がございます」
「ほぅ、それは此の道具の使い方とかかな?」
「それもございます。そちらの冊子が規則となります。何卒それを守られますよう。進言致します」
「うむ。分かった」
そう言うと、主人はそこを出た。旅人は部屋の奥へと向かった。すると風呂が沸いていた。檜風呂と外には露天風呂まである。何とも豪勢な部屋だと感心した。
「おお、そう言えば規則があるのだったな。どれどれ?」
そこに書いてあったのは、古い言い伝えであった。例えば、夜に爪を切ってはならないとか、朝蜘蛛を殺してはならない等々。様々な、多岐にわたって書き記してある。
「何ともこれは面倒じゃのぉ、じゃが、あの亭主が言うのじゃ。言う通りにシておこう」
そして、消灯の刻限も近づき、寝支度をシて、床に就いた。
―――――
「さあ、みんな、お仕事とお食事の時間だよ」
―――――
ご老人は夜中に目が覚めた。だが、身体が動かない。金縛りだと気付くも、対処が出来ない。眼の前には幻想的な世界が広がっていた。百鬼夜行とは此のことだろうか。妖怪のオンパレード。色々な妖怪がご老人を見下ろしている。天からの迎えが来たのかと思った。
―――――
旅人は夜中に目が覚めた。だが、身体が動かない。金縛りだと気付くも、対処が出来ない。眼の前には幻想的な世界が広がっていた。百鬼夜行とは此のことだろうか。ありとあらゆる妖怪が見える。そして、その妖怪たちは旅人を見下ろしている。旅人は思った。これが例の噂かも知れないと。
―――――
昔々、一軒の旅籠がありました。その旅籠では夜な夜な妖怪たちが現れ、人々を喰らっておりました。最初に喰われたのはそこの主人であった。その後、その主人に妖怪が姿を似せて、旅籠を続けました。ときには幸福を与えるため、座敷わらしを呼び、幸福を与え、時には牛鬼を呼び、色香に惑わされ、ホイホイとついて行く愚かな男共を喰っていた。
主人の顔は今も昔も変わらない。歳を取るが、気付くと息子が主人となっている。妻の姿は見えずとも、子供はちゃんと居る。何とも不思議なお話はなしだ。
此処には色々な思念が混ざっている。が、一番強い思念といえば、そう。元の主人のものであろう。そう、未だに地獄で言い続けている。許さない。と。
「旅籠とは随分懐かしい響きじゃのぉ」
「古き良き時代を思い出していただこうと思い、此の名を付けました」
「良きことじゃ」
「そう言っていただけると、此処の主人として感涙の極みでございます」
「なかなか良いのぉ」
「因みに、普通の御部屋もありますが、特殊な御部屋もございます」
「ほぅ、特殊な部屋じゃと?」
「はい。皆さんを古き良き時代へと誘う、八百万の部屋と言う部屋がございます」
「それはどの様な部屋なのじゃ?」
「はい。普段では見かけることのない道具が多数取り揃えてある部屋でございます。寝心地はあまり良くないかも知れませんが、携帯用枕の貸出や、かんざし、櫛などの貸出もいたしております。勿論サービスでございます。その他にもキセルなどもご用意致しております」
「それは何とも凄いのぉ」
「当旅籠の特別室でございます」
「その部屋は空いておるのか?」
「はい。此の御部屋は基本的には直接当旅籠へ来て頂いたお客様のみにご提供させていただいております」
「そうか、ではその部屋を」
「料金は此のくらいですが如何でしょうか?」
「うむ、ちと高いが、気に入った。その部屋に泊まらせてもらおう」
「ありがとうございます。それではお荷物をお預かりします」
「うむ」
「みんな、お仕事の時間だよ」
『はーい』
―――――
昔々、一軒の旅籠が有りました。なんでもその旅籠では旅人が度々行方不明になるとの噂。そこの主人はその様なことは無いときっぱり言っておいでだが、市井の人々からすれば垂涎物の噂である。
日本には古来より妖怪というものが存在しているとされている。さてさて、此の旅籠には一体どの様な妖怪が棲んでいるのだろうか。その話題で町中盛り上がっている。
曰く、座敷わらしが居て、幸運を運んでくると。
曰く、牛鬼が居て、美しい姿で近づき、そのまま食われてしまうと。
曰く、何らかの祟か呪いで、金縛りになり、そのまま黄泉へと引きずり込まれると。
噂は尽きないものである。
そんな中、一人の旅人がその旅籠を訪れた。
「旅で噂を聞いてやってきたのだが、妖怪の出る旅籠というのは此処で間違いは無いか?」
「その様な噂にはなっておりますが、決してそのようなことはありません」
「噂になっているのであれば、此処に泊まらせていただけぬだろうか」
「お泊りですか。わかりました。それでは部屋へとご案内いたします」
「うむ。かたじけない」
「それではお荷物をお預かりします」
「うむ」
こうして旅人はとある部屋へと通される。そう。八百万の部屋である。
―――――
「如何ですか?」
「おお、何とも古めかしい道具が多種多様にあるみたいじゃの」
「お気に召して頂けましたでしょうか?」
「おお、気に入った、気に入ったぞ」
「それでは、ごゆるりとお過ごしください。当旅籠のルールはそちらに書いてありますので、決して違えることは無いようご注意くだされ」
「ルール?なんだか分からんが、そのとおりにしよう」
こうして、ご老人は八百万の部屋に泊まった。食事も精進料理で、多彩な物であった。風呂に至っては、部屋に備え付けの風呂が2つある。一つは檜風呂。もう一つは石で出来た露天風呂である。贅沢の極みである。
「そう言えば此処の主人が、ルールがどうのと言っておったな」
老人はルールの書いてある紙に目を通した。
「何とも懐かしい」
そこに書いてあったのは、古い言い伝えであった。例えば、夜に爪を切ってはならないとか、朝蜘蛛を殺してはならない等々。様々な、多岐にわたって書き記してある。
「ほぅ、面白いルールじゃのぉ」
ご老人は最後までルールを読んだ。懐かしいルール、知らないルール、色々あった。変なルールもあったりした。そして、ふと思い出した。
「なるほど、八百万の部屋か……言い得て妙じゃのぉ」
八百万の神々や言い伝えにあるような妖怪に対する礼儀作法が書かれていると思えば、道理が通る。
「ルールは守るものじゃ。さて、消灯時間についても書いてあったの。まだ時間ではないが、そろそろ寝支度をするとしようか」
こうして、ご老人は寝支度をし、床に就く。
―――――
「此処が噂の部屋であるか」
「いえ、噂という程ではございませんが、そうですね。この部屋で良く何かが起きると代々伝えられております」
「そうであるか」
そう言うと旅人は色々な道具が置いてあるこの部屋を見て、感心する。
「それにしても、良く手入れが行き届いている道具ばかりではないか」
「恐縮でございます」
「いやいや、これほどまで手入れしていて、更に謙遜も過ぎれば嫌味であるぞ?」
「それでは、ありがとうございます。と、そのお言葉受け取らせていただきます」
旅人はお気に召したようだ。
「それから、此処の部屋には守っていただきたい規則がございます」
「ほぅ、それは此の道具の使い方とかかな?」
「それもございます。そちらの冊子が規則となります。何卒それを守られますよう。進言致します」
「うむ。分かった」
そう言うと、主人はそこを出た。旅人は部屋の奥へと向かった。すると風呂が沸いていた。檜風呂と外には露天風呂まである。何とも豪勢な部屋だと感心した。
「おお、そう言えば規則があるのだったな。どれどれ?」
そこに書いてあったのは、古い言い伝えであった。例えば、夜に爪を切ってはならないとか、朝蜘蛛を殺してはならない等々。様々な、多岐にわたって書き記してある。
「何ともこれは面倒じゃのぉ、じゃが、あの亭主が言うのじゃ。言う通りにシておこう」
そして、消灯の刻限も近づき、寝支度をシて、床に就いた。
―――――
「さあ、みんな、お仕事とお食事の時間だよ」
―――――
ご老人は夜中に目が覚めた。だが、身体が動かない。金縛りだと気付くも、対処が出来ない。眼の前には幻想的な世界が広がっていた。百鬼夜行とは此のことだろうか。妖怪のオンパレード。色々な妖怪がご老人を見下ろしている。天からの迎えが来たのかと思った。
―――――
旅人は夜中に目が覚めた。だが、身体が動かない。金縛りだと気付くも、対処が出来ない。眼の前には幻想的な世界が広がっていた。百鬼夜行とは此のことだろうか。ありとあらゆる妖怪が見える。そして、その妖怪たちは旅人を見下ろしている。旅人は思った。これが例の噂かも知れないと。
―――――
昔々、一軒の旅籠がありました。その旅籠では夜な夜な妖怪たちが現れ、人々を喰らっておりました。最初に喰われたのはそこの主人であった。その後、その主人に妖怪が姿を似せて、旅籠を続けました。ときには幸福を与えるため、座敷わらしを呼び、幸福を与え、時には牛鬼を呼び、色香に惑わされ、ホイホイとついて行く愚かな男共を喰っていた。
主人の顔は今も昔も変わらない。歳を取るが、気付くと息子が主人となっている。妻の姿は見えずとも、子供はちゃんと居る。何とも不思議なお話はなしだ。
此処には色々な思念が混ざっている。が、一番強い思念といえば、そう。元の主人のものであろう。そう、未だに地獄で言い続けている。許さない。と。