ゾンビと法律

文字数 1,257文字

ノリカさん、心配いらないよ。

確かに君はスマホの通知に気を取られて、人を轢いてしまった。

だけど、運がいい。とてもツイている。
ほら、顔を覆った手を退けて、倒れている男性の姿を見てみなさい。

ここら辺は交通量が乏しくて、道路灯もまばらにしかないから視認しにくいけれど、よくよく見れば分かることだ。

ほらね。ゆっくりとだけど、彼は動いているだろう?
大丈夫だ。君は逮捕されないよ。

だって、ゾンビは法律に守られていない存在だからね。

君はあまりニュースを見ないからくわしくないかもしれないけれど、現在、一部の国ではゾンビが急増しているんだ。

国内でだって、数十体は発見されているんだよ。
海外への旅行か出張なんかで、不運にもゾンビと接触してしまったんだろうね。

噛まれたり、引っ掻かれたりして、外傷から彼らの体液を取り込んでしまったわけだ。
ゾンビの体液を5ml吸収すると、人間のような比較的大きな生物種もゾンビに変容する。

やけに詳しいって?
当たり前じゃないか。

君は僕の仕事に対しても興味が薄いんだね。

僕の勤め先である豊鈴製薬が、現在力を入れて研究しているのは、ゾンビウィルスの特効薬だよ。

実験用のラットがゾンビに変わっていくさまを、僕は百回以上この目で観察している。

残念ながらウィルスを死滅させる方法はおろか、その進行を遅らせる方法すらまだ見つけられていないのだがね……。

おっと、話がそれてしまったな。

僕が伝えたいことはね。
ゾンビの感染が拡大している諸外国では、ゾンビに関する法律の整備が急ピッチで進んだってことだ。

元々人間だった存在から人権を剥ぎ取ることが、倫理的に許容され得ることなのか?
それは簡単に答えが出せる問題ではないだろう。

家族や恋人、友人なんかが感染した場合、社会から切り捨てることになってしまうわけだしね。全ての国民に関わる勘案事項だ。

だけど、現実的にゾンビが急増している国々では、長い時間をかけて議論を重ねる余裕はなかった。

対話も通じず、問答無用で人を襲い、倍々ゲームで増えていく。
諸外国は法律をあらためざるを得なかったんだ。

そして、右にならえが得意な我が国もそれに従ったわけだよ。
活性死者法が施行されている国において、ゾンビは法的に守られていない。

蚊やハエなんかと扱いは似ているね。
害虫にスプレーを吹きかけても、誰にも責められないだろ?

まかりまちがっても、罪になんかに問われない。

凶器となった殺虫剤がどんな薬物で、誰が噴霧したかなんて誰も気に留めないんだよ。
同じように、ゾンビが負っている怪我の原因なんて警察は調べない。

分かったかい?
だからそんな顔をしなくていい。心配いらないから。

君が危険運転で、警察に逮捕されることはない。

週末にでもどこかの神社に詣でて、運命を差配した神さまに感謝を伝えるべきかもしれないね。

奇跡的な幸運だ。

事故を起こしたとき、車の助手席に座っていたのが、ゾンビの専門家であったこと。
その専門家が、明日から遠方にある研究所に出張予定であったこと。

本当にツイていたね。

僕のカバンには入っているんだよ。
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