第1話

文字数 2,000文字

幼馴染みが死んだ。交通事故だった。ネコを助けようとしたらしい。警察からそう聞いた時、彼らしいな、と思った。けど、残された人のことも考えてほしいとは思う。ご両親は言うまでもなく、同級生たちは皆、君の死を悼んでいたのだから。
 ……僕?僕はどうなんだろう?彼が死んだと聞いてから、僕の体内に渦巻くこのなんとも言いがたいもやもやした気持ちは?
「僕は君に怒っているのかな…ねえ、爽太くん」
葬式の間、言い知れぬ不快感に周りの音が耳に入ってくることはなかった。

 葬式の後、二三日学校を休むと担任の先生に伝えた。事情を察したのか、何も言われなかった。

 僕と爽太くんは、母親同士が親友であったことから、小さい頃から家族ぐるみでの付き合いをしていた。いわゆる幼馴染みというものだ。彼は活発で、スポーツ万能、「欠陥品」の僕にも優しくしてくれる「善人」であった。勉強には少し後ろ向きだが、天才肌であるので、教えたら教えただけできていた。
 一方の僕は、勉強しか取り柄はなかった。「欠陥品」である僕の周りには人なんかよってこなかったけれど、爽太くんは話しかけてくれた。今思えば、僕は彼に救われていたのだろう。
 僕は彼が死んでしまって、どう思っているのだろう?喜んではいない、それだけは確かだと思う。怒っているのだろうか。…確かに少し怒っている。しかし、この気持ちは少し違う気がする。では、哀…悲しみだろうか。…うん。今のところ一番しっくり来ている。
 なるほど、僕は悲しいんだ。そして、寂しいんだ。もう誰とも楽しく話すことができない…いや、爽太くんと話すことができなくて寂しいんだ。
 視界がぼやける。…ああ、僕は「泣いている」んだ。次から次へと涙が溢れてくる。
『悲しいから泣く、それが普通のことだよ。』
どこからか、爽太くんの声が聞こえた気がした。
なるほど、普通のことなんだね。「欠陥品」の僕でもちゃんとできたよ。
僕はそれからしばらく、ただ涙を流していた。

 ひとしきり泣いた後、ふと爽太くんはどうしているのか気になった。天国に行っているはずだ、と思う。彼は「善人」だから。もしかしたら、すでに生まれ変わる準備をしているのかもしれない。そうだといいな、と思う。今度の人生は長生きしてほしいな…。
 そういえば、「異世界転生」っていうものが流行っていると、教室で聞いたことがある。なんでも、異世界に転生した主人公は「チート能力」を持っていて、人々から愛されるそうだ。
 爽太くんだと思った。ヒーローはヒロインと結婚して末長く幸せに暮らす…僕にはよくわからないけれど、「普通の人にとっての幸せ」とはそういうものだと思う。…異世界転生、か。爽太くんがハッピーエンドを迎えるための物語を書いてみてもいいかもしれない。そこに僕を登場させるのもいい。ただの自己満足だけれど、この気持ちを落ち着けるためにも「書きたい」と思った。…初めて能動的に動くかもしれない。
「うん、やっぱり爽太くんは僕にとってヒーローなんだろうなあ…」

 一年と数ヶ月たった頃、物語が完結した。もちろんハッピーエンドを迎えた。

ーーーそして、「僕」は死んだ。

「ーーーこの度は当駅をご利用いただき、ありがとうございます。そして、ご冥福をお祈りいたします…」
目を覚ますと、駅のホームに立っていた。無機質な声がスピーカーから聞こえてくる。
「私たちは、お客様方の魂を安全にお運びし、生を謳歌できるように努めております…しかしながら、ごく稀に予期せぬ事故によって途中下車をしてしまう方がいらっしゃいます…」
「私たちは、そのような方々のためにアフターサービスを行っております。それが俗にいう『異世界転生』でございます…それではお客様。待合室の方でお連れ様がお待ちです。どうぞお進み下さい。」
スピーカーから音声が聞こえなくなると、光の道が現れた。それに沿って歩いていくと、待合室にたどり着いた。音声を聞いた限り、ここは死後の世界だろうけど、「お連れ様」とは一体誰のことだろう…?

「よ!昌宏。元気だったか?てか、来るの早すぎだろ、お前。」
扉を開けると、そこには爽太くんがいた。
「いやー、『異世界転生』って言われて、昌宏を待ってたんだよ。昌宏と一緒だったら怖くない、ってな。」
そういって爽太くんは笑った。死ぬ前と変わらない笑顔に、ほっとした。
「それで、指定された異世界が、『エフティヒア』って言うらしいんだけど、」
『エフティヒア』…?それは、僕が書いた小説の舞台となった…ああ、なるほど。神様は僕の願いを叶えてくれたんだ。
「…昌宏、一緒に行ってくれるか?」
少し不安げに聞いてくる爽太くんに、僕は大きく頷いて、『エフティヒア』行きの列車に共に乗り込んだ。
「当駅始発『エフティヒア』行き…発車いたしますーーー」

大丈夫、心配しないで爽太くん。これは君が最高のハッピーエンドを迎えるための物語なのだから。

ー終ー
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み